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予知夢を見るということ

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 というやり方である。
 ただ、この場合は、正社員ではないということで、
「残業はさせられない」
「責任を負わせることはできない」
 ということで、
「作業は、パートなどにさせるが、時間内にできなかったことや、責任の所在は、すべて、正社員がもつ」
 ということになるのだ。
 つまり、正社員は、
「自分の仕事もさることながら、パートをいかに使えるか?」
 ということが問題となってくる。
 つまり、
「対応」
 ということで、
「リストラ」
 というものが敢行されたが、確かに、リストラされ、首になり、路頭に迷うというのも、地獄だということになるが、会社に残った人も、
「よかった」
 といって、胸をなでおろすことはできないのだ。
「今後の対策」
 ということのために、仕事や責任が押し付けられ、さらに、残業をしても、残業手当など出るわけもない。
 すべてが、
「残業しないといけないだけ、能力がないからだ」
 ということで、
「サービス残業」
 ということになる。
 こうなってしまうと、結局は、リストラによって、
「辞めるも地獄、残るも地獄」
 ということになってしまう。
 おまけに、会社に残っても、それまでの給料からは、3割カットくらいは当たり前で、賞与もなしという会社は、実際には山ほどあったということである。
 会社とすれば、
「路頭に迷わないだけまだましだ」
 ということになるのだろう。
 そうなると、今度は、
「パート」
 などの非正規雇用というのが当たり前になり、
「家でこれまで、専業主婦をしていた人が、旦那の給料だけではやっていけない」
 ということで、パートに出るということになる。
 共稼ぎというのが当たり前ということになり、
「託児所」
「保育園」
 などというのが、必要を迫られるということになるのだ。
 しかし、実際に、
「急に必要になった」
 ということで、そう簡単に、託児所や保育園ができるはずもない。
 特に、
「認可制」
 ということなので、保母さんや、託児所の職員などは、免許が必要だったりするので、
「待機児童」
 などという問題が起こってくるといってもいいだろう。
 それだけ、
「子供を持つ」
 ということは、
「生活ができなくなる」
 ということに直結する問題であり、実際にその頃から言われ始めていた、
「少子高齢化問題」
 というものとの狭間で、問題は深刻化していったといってもいいだろう。
 実際に、
「バブル崩壊」
 というものがなくても、
「少子高齢化」
 という問題は起こりえることだったのかも知れない。
 戦争が終わり、国民の、特に、若い年代がいなくなったということで、
「労働人口の低下」
 ということから、
「子供をたくさん作る」
 ということが、
「高度成長期」
 というものから延びてきたということだ。
 彼らは、バブルがはじけた頃には、30代から、40代前半という、
「一番の働き盛り」
 ということで、本来であれば、一番の働き盛りをやっと育成してきたのに、それが、路頭に迷うということになり、しかも、彼らが、
「子供を作らない」
 ということになれば、その30年後というと、
「定年退職」
 ということになる。
 そうなると、本来であれば、子供の世代となる人たちが、高齢者を支えなければいけあいのに、その子供が今度はいない。
 つまる、
「労働力不足」
 ということで、
「人手不足の世の中」
 ということであった。
 ただ、
「一定の職に人が集まるということで、就職難であることには変わりはないが、実際に人材が必要なところに人が集まらない」
 というアンバランスな世の中になっているのであった。
 ということになると、
「定年後の生活」
 というのは、
「支えてくれる人たちが、自分のことだけで精一杯」
 ということになり、完全に、
「姥捨て山状態」
 ということになる。
「定年の年齢は高齢化するが、中には、今までと変わらないというところもあり、逆に、年金支給は高年齢化する」
 ということで、
「会社を定年で退職させられた後、年金がもらえるまで、路頭に迷う」
 ということで、職探しをしようとしても、
「高齢者」
 ということで、なかなか職に就けないというのが現状である。
 実際に、
「60歳で定年」
 ということで、会社とすれば、
「再雇用の打診」
 ということは、一応はするが、仕事は、責任のある仕事をさせられて、しかも、立場は、契約社員ということになり、
「給料は3割カット」
 である。
「それでもいいか?」
 と会社は、社員に打診するが、結局は、
「会社が、人員整理のために行っていることであり、社員に対して、辞めますと言わせようとする、姑息なやり方」
 ということで、実際に、今では、
「そんな話、どこにいっても聞く」
 ということで、この年代の人には、大きな社会問題ということになっているのであった。
 今でこそ、
「年金制度」
 というのは存在しているが、そのうちに、
「年金制度の完全崩壊」
 ということで、
「定年制」
 というのもなくなり、
「死ぬまで働け」
 という時代になってくるのだ。
「働き方改革」
 などと、政府は都合のいいことを言っているが、結局は、
「年金を出したくない」
 ということから、
「生涯雇用」
 ということで、政府は自分たちを律するべき立場でありながら、結局は、
「国民を苦しめているだけ」
 ということであろう。
 バブル崩壊が一段落してからの世の中は、さらに、
「神話の崩壊」
 という出来事があった。
 それが、
「都市直下型の大地震」
 というものであった。
 高速道路が支柱から、真っ二つに折れて、道に倒れているという光景などという、
「地獄の光景」
 が映し出されたことであった。
 そもそも、
「高速道路は安全」
 と言われ、
「マンションも耐震構造に耐えるもの」
 ということであったが、
「耐震構造の想定をはるかに超える地震」
 ということであったが、後で調査してみれば、
「実際の規定よりの、かなり甘い状況で作られていた」
 ということで、
「確かに、耐震構造の規定よりも、はるかに大きな地震であったが、実際に作られていたものは、想定された地震の範囲内であっても、倒壊していた」
 ということが地震発生ということで、露呈したといってもいいだろう。
 ただ、
「神話が神話でなかった」
 ということは、
「人的な作為があった」
 ということであっても、証明されたわけである。
 それを考えると、またしても、
「何を信じていいのか?」
 ということになる。
 しかも、
「予期していた以上のこと」
 というだけではなく、
「予期していた事態であっても、結果は同じだった」
 ということであれば、それこそ、まったく信じられないということである。
「人がいうことが信じられない」
 ということになると、
「神頼みしかない」
 ということになるだろう。
 そうなると、結局頼るのは、
「宗教団体」
 ということになり、
「世の中の人間が信じられない」
 ということで頼る宗教団体というのは、
「自分たちが信じることのできる最後の砦」
 と考えられる。