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予知夢を見るということ

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 戦後の歴史というものを見てもそうではないか。
「世論やマスゴミ」
 というものによって、いくら民主祝儀の時代とはいえ、
「狂ってしまった世の中」
 というのがどれほどあったかということである。
 特に、戦後の民主国家では、
「自由」
 を最優先とすることで、
「言論の自由」
「報道の自由」
 と、マスゴミや世論を擁護するだけではなく、なんと、
「信仰の自由」
 ということで、
「新興宗教の自由」
 というものまで認めてしまったのだ。
 なんといっても、その腐ったものとして、
「政府の中に、政党の母体が宗教団体」
 という、
「政教分離」
 という原則が、大っぴらにまるで、公然の秘密として行われているのが、そもそも、おかしなことだといえるだろう。

                 ある宗教団体

「信仰の自由」
 というのが認められてから、今までの約80年間近くの間に、いろいろな宗教団体が起こり、消えていったことだろう。
「二世信者」
 の問題というのも、今でこそ大きな問題となっているが、実際には、そこまで騒がれないだけで、水面下ではいろいろあったことだろう。
 宗教団体にもいろいろ種類があり、
「実際に存在する、たとえば、世界を代表する宗教から別れた新興宗教」
 という触れ込みから、実際に、
「新しい宗教」
 ということを次第に表に出していき、それこそ、
「母体である宗教とは、あまり関係ない」
 ということにすることで、
「最初から、信者を増やすためだけの方便だった」
 という、団体側の作戦というものもあったに違いない。
 つまりは、
「新興宗教」
 というのは、
「ゼロからの出発」
 ということで、これが会社だったら、
「事業計画」
 なるものを示し、資金集めということで、銀行の融資をお願いするか、
「一般の人や企業から出資を募るか?」
 ということになるだろうが、どうしても、宗教というと、一般受けはしないといってもいいだろう。
 そもそも、
「儲かる」
 ということがなければ、宗教団体などという、うさん臭いことを始めるわけはない。
 それこそ、
「どこかの企業」
 という方が、よほど金も集まるということになるだろう。
 どうしても、
「宗教団体」
 というのはうさん臭いというのは否めない。
 だが、時代が、混沌とした時代ということで、それこそ、
「神頼み」
 という人も多かったことであろう。
 だから、騙しやすいということもあったに違いない。
 そして、高度成長時代というものが起こり、宗教団体も、それなりに利益を出せるようになると、宣伝も容易になり、いわゆる、
「市民権を得た」
 というようになったことだろう。
 しかし、昭和の頃まで言われてきた、
「数々の神話」
 というものが、
「簡単に崩壊する」
 ということになったのだ。
 というのは、
「バブル崩壊」
 において、
「銀行は絶対に潰れない」
 と言われていた。
 しかも、その直前のバブル経済の時期には、今であれば、
「そんなバカなことが信じられていたなんて」
 ということこそが、
「神話の崩壊」
 といってもいいだろう。
 つまり、バブル経済の時期、銀行がやっていた、
「金儲けの方法」
 というのが、
「過剰融資」
 というものであった。
 そもそも、銀行が民間企業に貸し付けるという時に、営業がいるのは、
「貸し付ける企業を調査し、限度額を設定し、どこまで融資が可能なのか?」
 ということ、つまり
「銀行が損をせず、いかに最大の利益を出せるか?」
 ということで、その金額を決める立場なのに、当時の常識として、
「事業拡大すればするほど儲かる」
 ということで、
「貸付企業の物理的な稼働限度まで貸し付ける」
 というような、相手が希望するよりも、さらにたくさんの融資を行うということで、
「返してもらう時の利益が、最大になる」
 ということであった。
 その前提にあるのは
「貸した金は絶対に返ってくる」
 という思い込みである。
 それこそ、
「銀行内の神話だった」
 といってもいいかも知れない。
 本来であれば、
「限度額を設定し、銀行が損をしないようにしないといけない立場の人間が、その神話により、銀行がどれだけの利益を挙げられるか?」
 ということを神話をして考えるということが、そもそも神話だと言われた銀行を破綻させることになったのだ。
 本来であれば、
「つぶれそうな企業を助ける」
 という立場になければいけない銀行が、最初に潰れるということであれば、その煽りを受ける民間企業は、ひとたまりもない。
「連鎖倒産」
 という形で、銀行のあおりを食らうということで、会社がつぶれていき、一気に、社会は大混乱となったのだが、その根本というのは、
「神話の崩壊」
 ということだったのだろう。
 もっといえば、
「社会構造の中核をなしていた神話」
 というものが、嘘だったということになれば、
「何を信じていいのか分からない」
 ということになる。
 つまりは、
「世の中、もう何が起こっても不思議がない」
 ということになるのだ。
 だとすれば、
「今まで正しい」
 と信じられていた神話が崩壊したのだから、
「今まで、間違いだ」
 と言われていたことが、
「本当は正しいのかも知れない」
 ということで、たとえば、
「新興宗教を信じてはいけない」
 ということも、
「藁にもすがる」
 ということから、信じる人が増えてきたことで、
「宗教団体の時代」
 といってもいいかも知れない。
 とはいえ、社会が大混乱しているのだから、いくら宗教堕胎が信者を増やしていたとしても、混乱の中で簡単いうまく操作できるわけがない。
 実際には、
「地下に潜って、黙って社会の成り行きを見ていた」
 といってもいいだろう。
 そんな、
「社会の混乱時期」
 において、社会変革というものが、かなりあった。
 それは、
「昭和の時代」
 というものを、
「古臭いもの」
 ということで終わらせるという発想。
 さらに、
「バブル崩壊」
 という事情から、
「今しなければいけないこと」
 というのが、常識ということになるという考えである。
 特に、
「リストラ」
 であったり、
「会社同士の合併」
 などというのが、
「会社が行わなければいけない」
 という、
「肉を切らせて骨を断つ」
 ということで、
「いかに、会社の被害を最小限に食い止めるか?」
 ということであった。
 これが、
「今の状況に対しての対応」
 ということであり、さらに、並行して考えることとして、
「今後、同じようなことがあった場合に、今回のような失敗を繰り返さない」
 ということでの、
「今後の対策」
 というものが必要になるということである。
 それは、
「会社の問題」
 というよりも、
「社会の体制の問題」
 ということであろうか、たとえば、
「雇用体制」
 ということで、
「非正規雇用体制の確立」
 というものである。
 いわゆる、
「これまでは、会社の仕事はすべて正社員に任せる」
 ということであったが、
「正社員でなくてもできる仕事は、アルバイトやパートにさせる」