予知夢を見るということ
「占ってもらった相手がたまたま悪かっただけ」
ということで、また次回も占いに頼るか?
というのは、その人の性格であったり、
「苦難に立ち向かう時の、その人の考えかた」
ということになるのであろう。
占いというものや、
「新興宗教」
と呼ばれるものの中には、
「お金が絡む」
ということになると、
「取り返しのつかない」
ということになる場合がある。
「高価なツボを買わされた」
などという話を聞かされたり、今の社会問題となっている、
「二世信者問題」
などのように、信者として入信してしまったことで、団体から洗脳されてしまい、貢物ということで、教団から、金を巻き上げられるということも少なくはないだろう。
もちろん、
「すべての新興宗教」
というのが、そうだとは言わないが、そんな一部の団体が目立ってしまうと、実際には、まじめな布教活動をしている人たちからすれば、
「あんな連中のために、こっちまで白い目で見られ、それこそ信者を取られたり、活動に支障をきたしたりということになる」
ということで、一種の、
「営業妨害」
のような気持ちになることであろう。
今でこそ、ほとんどの場所は、
「禁煙」
ということになったが、昔は、
「基本的には喫煙で、禁煙場所が徐々に増えていった」
ということであったが、それまでの、
「喫煙者絶対」
という世の中で、少しずつ、嫌煙権が主張されていくと、喫煙者の中には、禁煙車に対して、遠慮がちの人が結構いたものだ。
「喫煙ができる」
という場所でも、近くに、たばこを吸っていない人がいれば、
「すみません、吸っても構いませんか?」
と、一言断るというものがあった。
それが、
「礼儀」
というもので、嫌煙家であっても、喫煙者が、そこまで遠慮してくれれば、断ることはしない。
それどころか、
「喫煙者を見直した」
と思う人がいたものだ。
そのうちに、どんどん、喫煙できるところがなくなってきて、喫煙者は肩身の狭い思いをするようになってきたが、実際には、少し前まで、
「喫煙しても構わない」
と言われた場所で煙草を吸っている人間の横暴というのは、
「非常識だ」
といってもいいだろう。
「俺たちはお前たち嫌煙家のために、吸える場所が少なくなったんだから、吸える場所で吸って何が悪い」
という横暴な態度であった。
そもそも、
「喫煙場所が減ってきた」
というのは、
「煙草を吸う人間よりも、まわりで煙草を吸われて、その空気を吸った人間の方が、病気になる確率が高い」
ということが、医学的に証明されたことで、
「嫌煙権」
というものが認められたのだ。
だから、
「本当であれば、すぐにでも、煙草を吸える場所を制限し、分煙できるところは分煙を行い、嫌煙者に迷惑が掛からないようにする」
ということなのだろうが、さすがにいきなりでは混乱するということから、
「数十年かかって、やっとここまで来た」
というわけである。
本来であれば、すぐにでもすべて禁煙としなければいけないのを、
「猶予期間」
ということで、少しずつ社会を変えていくということになったせいで、
「嫌煙者」
とすれば、
「まだまだ時間が掛かる」
ということで、じれったい思いをし、
「喫煙者」
とすれば、
「徐々に俺たちの居場所がなくなってくる」
ということで、どちらの立場でも、結局は、
「不満だけが残る」
ということであろう。
これは、ものが、
「煙草だ」
ということでの問題である。
というのが、
「元々たばこというのは、国営ということであり、しかも、たばこには税金がかかっている」
ということで、
「急に辞めてしまうと、たばこ製造業界が困り、さらには、税金も入ってこない」
ということになるのは、
「政府としては、困る」
ということになる。
つまりは、
「本当は、嫌煙権など認めたくはないが、世論の声に逆らうわけにはいかない」
ということで、選挙を考えてのことなのか、どうしても、このような、
「のらりくらり」
という方法しかないということになるのだろう。
さらに、最近では、
「カネと宗教問題」
ということで、政府を巻き込んでの大問題というのが、発覚した。
というか、
「以前から言われ続けてきたが、ソーリの暗殺事件というものから端を発したことで、問題が表面化した」
つまりは、
「暗殺事件がなければ、世間は騒いでも、マスゴミが問題にするほどではない」
ということで、どうしても、その問題の大小というよりも、
「マスゴミが動くだけの記事になるか?」
つまりは、
「世論が騒いでくれて、そこから、さらに、新聞や雑誌が売れるか?」
ということになるのだ。
マスゴミというのは、
「自分たちで情報操作もすれば、世の中の世論をうまく使い、最終的には自分たちの利益になるかしか考えていない」
ということだ。
それこそ、
「マスゴミというのは、世の中の正義のためではなく、自分たちにとっての正義である、売れるということのために動いている」
ということである。
つまり、
「世の中の世論であっても、それを利用したり、さらには、利用されることで、利益につなげようとするマスゴミの影響は、はるかに強い」
ということである。
実際に、
「マスゴミや世論の影響」
ということで、戦争が勃発したり、
「本来であれば、当初の作戦として、うまい引き時を考えていたのにマスゴミによる陽動っから、世論が世間を動かしたことで、戦争を辞めるにやめられず、結果として、戦争継続のために、マスゴミに圧力をかけて、情報操作を行う」
ということになったのだ。
「マスゴミが軍の統制下に入ったことで、嘘の報道をさせられ、国民がずっと騙されていた」
ということになっているが、元々は、
「戦争を始める」
ということであっても、結局は、
「マスゴミや世論に押されて、戦争を始めなければいけない」
という状況に陥り、
「やるなら、勝つためではなく、負けない戦争をするしか勝ち目はない」
ということで始めた戦争であるが、結果としては、
「戦略的には成功していた」
ということであるが、あまりにもうまく行ったことで、今度は、
「戦争をやめられなくなった」
というのが
「世論やマスゴミの恐ろしさ」
というものだということであろう。
だから、
「戦争責任は軍にある」
あるいは、
「軍が暴走した」
ということであるが、実際には、
「軍が、マスゴミや世論に操られていた」
といってもいいだろう。
つまりは、
「マスゴミや世論のために、国家の方針が誘導されてしまい、その誘導を実行したり、国家を導く立場が軍部だった」
ということで、
「大東亜戦争」
というものが、
「軍の暴走によって起こった悲劇」
ということであれば、それは、あくまでもm戦争責任をすべて軍に押し付けることで、一つの時代を終わりにしようとした
「戦勝国側の勝手な理屈」
ということになるのであった。
それだけ、
「世論やマスゴミの力」
というのは、
「真実を曇らせる」
といってもいいだろう。
作品名:予知夢を見るということ 作家名:森本晃次



