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過去と未来の人類

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 と言われた問題が、いわゆる、
「2000年問題」
 と呼ばれるものだった。
 実際に、世間一般では、パソコンというものは、
「平成に入ったあたりくらいから、急速に発展した」
 ということであるが、実際に、
「コンピュータ」
 というもので、
「大型コンピュータ」
 であったり、
「オフィスコンピュータ」
 と言われるもの。
 さらには、
「機械の制御に使われている、マイコンなどというものがあった」
 ということであるが、そのあたりのコンピュータシステムにおいて、年月日というものを、
「6ケタしか持っていない」
 ということであった。
 つまりは、本来であれば、
「1999年の次は2000年」
 ということであるが、年月日が6ケタということで、
「年は二けたしかない」
 ということで、
「99年の次は00年」
 ということになる。
 これを比較して考えると、
「99年よりも、00年の方が大きい」
 というのが正解なのに、単純にそのまま計算すれば、
「99年の方が大きい」
 ということで、
「年の切り替わりのこの瞬間だけ、コンピュータが誤作動する」
 というのが、いわゆる、
「2000年問題」
 というわけだ。
 つまりは、世の中に無数にある今までに開発されたプログラムから、
「年の比較」
 を行っているプログラムを探し出して、そのすべてを、問題ないように作り替える必要があるということであった。
 実際には、数年前から、その問題に各企業や自治体などが対応し、
「何とか、社会問題となるような大きな問題が起こらなかった」
 というのは、不幸中の幸いだったといえるだろう。
 もっとも、危険であったのが、
「兵器に組み込まれているコンピュータ制御」
 ということで、
「下手に誤動作を起こせば、戦争になりかねない」
 ということであったり、最悪の場合、
「全面核戦争」
 ということになりかねないということだったのだ。
 しかも、それを、
「ノストラダムスの大予言」
 というものと絡めて、
「恐怖の大王」
 というのは、
「2000年問題における全面核戦争ではないか?」
 という人もいるからだった。
 ただ、そうなった時、
「1999年7月」
 というものとは違う。
 ということであるが、実際にはタイムラグがあり、
「半年前から徐々に組み込まれることになり、世紀が変わった瞬間に、世界の滅亡が完了する」
 ということになるのではないかということであった。
 あくまでも、
「迷信」
 ということで、実際に、
「2000年」
 というのは、この問題に関しては、ほとんど大きな問題も起こらずに、事無きを得た。
 ただ、
「時差がある」
 という発想からか、そもそもの、
「大予言」
 と呼ばれるものの解釈本として、
「もし、何も起こらなかった場合」
 ということでの、
「言い訳めいた話」
 というのも書かれていたりした。
 それは、
「誤差だけではなく、年代の解釈」
 であったり、、
「預言書というものを、簡単に解読できるようにするものではない」
 という発想から、
「ハッキリと書かれた数字には裏がある」
 ということで、彼らなりの解釈で、たとえば、
「2050年のことである」
 というような話を書いていたりもする。
 ただ、実際には、
「2000年になっても、何も起こらなかった」
 という時点で、
「よかった」
 と感じる反面。
「あれはデマだったんだ」
 ということで、
「ノストラダムスの大予言」
 というもの自体を信憑性のないものということで考えるか、
 それよりも、
「皆解釈がバラバラのように見えて、結局同じ発想だった」
 ということから、結局は、
「解釈本に騙された」
 ということで、
「ノストラダムスの予言」
 というのは、信憑性がないと思い、きっと、今は誰も、
「預言書においての世界の滅亡」
 というのは信じてはいないが、
「実際の研究により、このままでいけば、地球は滅亡する」
 という科学的な根拠の方を、信じるようになったといってもいいだろう。
 それが、
「30年前という時代」
 ということであった。

                 ロボットとタイムマシン

 世紀末という時代の前後において、
「パソコン技術」
 というものは爆発的に進歩した。
 といってもいいだろう。
 なんといっても、
「インターネット」
 と呼ばれるものの進歩は目まぐるしいものがあり、
「それまで、口で相手に伝えていたことを、メールを使う」
 ということになったのは画期的だっただろう。
 以前であれば、
「そばにいるのであれば、口で言いなさい」
 と言われていたことでも、
「メールで送る」
 ということで、画期的な進歩と言われるようになった。
 というのは、
「証拠が残る」
 ということがその一つで、つまりは、
「言った、言わない」
 ということでの、言い逃れというのが利かなくなったということである。
 しかも、
「不特定多数に通知を出したりする場合に、それぞれの相手に、一斉送信すればいい」
 ということになるのだ。
 今までであれば、時間を取って、皆を集めて、大きな場所で皆に聞こえるように、言わなければいけない。
 しかし、文書で伝えるということであれば、その時すぐに理解できないということであっても、後から読み直すということができるというものである。
 それによって、
「報告、連絡、相談」
 というものがスムーズにいくようになったのだ。
 最初こそ違和感があっただろうが、メールなどの機能によって、大切なことの伝達がうまくいくことで、
「商談」
 などの、
「時間短縮」
 であったり、
「決定事項の勘違い」
 などということもなくなってくるということになるだろう。
 それを考えると、
「ネットの発展が大きい」
 といってもいい。
 さらに、大きなものとして、
「検索機能による、調査事項」
 というものが、瞬時に行えるということである。
 何かを調べたい時、
「辞典や、広辞苑」
 などと言った分厚いものを調べなければいけなかったが、ネットの検索で、
「調べたいこと」
 としての、キーワードから、勝手にその関連のある記事を探してくれるということが可能な時代になってきたということであった。
 2030年という世代は、実際には、少し、社会の発展が停滞気味になってきたといってもいい。
「社会の発展」
 というよりも、
「地球の滅亡」
 であったり、
「人類の滅亡」
 という、切実な問題が控えていることで、そちらに対しての対応であったり、さらには、
「少子高齢化」
 というような、
「このままでは、別の意味からの滅亡」
 というものが見えてくるということで、
「結果として、滅亡というキーワードを何とかしないといけない」
 ということで、
「あくまでも、滅亡を回避する」
 いや、回避できないとしても、
「いかに、延命できるか?」
 ということに全神経を集中しないといけないという時代になってきたのだ。
 それを信憑性という意味で感じさせたのが、
「世界的なパンデミック」
 というものであった。
 これは、
「2020年」
作品名:過去と未来の人類 作家名:森本晃次