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過去と未来の人類

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 ということであり、次第に危機を煽ることで、いざという時に、パニックにならないためというだけの発想でしかないということだ。
 だから、へたをすれば、
「人類は、何も知らない間に、滅亡の危機に瀕している」
 ということになるだろう。
「パニックがない」
 ということはありえないので、
「少しでも、そのパニックを減らす」
 と考えることしか考えられないというのが、
「各国首脳の精一杯の考えかた」
 ということであった。
 要するに、
「ここまでくれば、地球の滅亡は避けられない」
 ということであり、
「それがいつなのか?」
 ということ、そして、結局は、
「今の自分たちに、どうすれば、自分たちだけでも最悪にならないで済むか?」
 ということしか考えられない。
 だからこそ、
「人間という動物は、結局は、自分のことだけを考える」
 ということが限界なのだということになるだろう。
「どんなにいいことを言おうとも、それは最終的に、自分たちのための保身でしかないわけなので。すべてがきれいごと」
 ということで、
「なるほど、耽美主義というのはこういうことか」
 という考えになるのであった。

                 変わるということ

「人類が生き残る」
 ということのもう一つの発想として、
「宇宙に飛び出して、人類が生存できる星を探し、移住する」
 という発想である。
 実際には、こっちの発想の方が実際的だといってもいいかも知れない。
 というのも、今までの、
「SF小説であったり、特撮やアニメの宇宙もの」
 という発想では、
「逆の発想」
 というものがあったりした。
 というのは、
「地球が侵略される」
 という発想である。
 そもそも、特撮ものということで、最初に考えられたのは、
「地球にいろいろ異変が起こることによって。怪獣が出現し、その怪獣を、人間の科学力で退治する」
 という発想から、
「宇宙からやってきたヒーローが地球人のために戦ってくれる」
 という発想から生まれたものだったりした。
 それこそ、
「地球滅亡のシナリオ」
 ということである。
 今から半世紀以上も前に、日本でも書かれたものであり、海外であれば、もっと以前からその発想はあったことだろう。
 特に、時代が、
「核開発競争」
 という時代に入った最初は、なかなか気づかなかっただろう。
 そもそも、
「原子爆弾の開発」
 というのは、
「一つの都市を一発の爆弾で破壊するという究極の兵器」
 ということだったのだが、そのうちに、
「数十発あれば、地球が破壊できる」
 というくらいの兵器になっているのだ。
 しかも、
「爆弾としての威力だけではなく、原爆症というような二次災害にまで発展する」
 ということで、実際に、開発された時、開発した科学者がどこまでを知っていたのか分からないが、のちになって、
「罪と罰」
 という形で、論争が叫ばれるようになると、
「時すでに遅し」
 ということで、
「世界情勢が、開発中止を訴えられないような時代」
 ということになってきたのだ。
「相手よりも強力なものを作り。使えば終わり」
 という意識を植え付けることで平和を保つしかないのであった。
 それこそが、
「抑止力」
 というもので、
「三すくみ」
 と同じで、
「最初に動けば終わり」
 という、絶対的な力の均衡でしか、平和を守れないという、完全に、
「脆弱な平和」
 ということになったのだ。
 しかし、それは、
「一触即発を避ける」
 というだけのことで、知らぬ間に忍び寄ってくる、
「世界の滅亡」
 というものに気づかず、結局は、
「世界平和」
 という名目で、何もできないことで、ジレンマに陥り、
「滅亡を待つ」
 というだけになったのだ。
 しかし、その滅亡が、次第に目に見えてくると、
「完全に、もう遅い」
 ということで、
「個人個人や組織において、いかに世界を延命できるか?」
 ということにしかならないのだ。
 もちろん、水面下では、
「いろいろなプロジェクト」
 というのが出てきてはいるのだろうが、そのための費用であったりが、国家機密の上であるだけに、大変なことであり、普通なら、
「滅亡を待つことしかできない」
 ということであろう。
 それでも、何とかごまかしながらの研究と、世論の爆発による、
「世界の人的滅亡」
 つまり、
「戦争による破壊活動での滅亡」
 という本来であれば、
「一番考えられることであるが、最悪のシナリオ」
 と呼ばれる、最悪のケースとなってしまう。
 だが、科学者の中には、
「過去の人間が考えてきて、今までに何度も繰り返されてきた」
 といわれる、
「人類の自浄効果」
 というものを、遺伝子の中に組み込んできた、
「運命の人々」
 というのがいるのだ。
 彼らは、宿命として、
「人類は、知らず知らずのうちに、未来を選択することになる」
 ということを感じていた。
 というのは、一つは、
「過去に戻り、ノアの箱舟のように、再度繰り返させる歴史や文明の祖となるか?」
 ということ。
 そして、
「他の星への移住ということを成し遂げ、いずれ、宇宙人として、地球に飛来する連中の祖となるか?」
 ということ、
 そして、そのどちらも選択することなく、
「地球というものと運命を同じくして、この時代で、何もせずに滅んでいくか?」
 ということであった。
 実際には、物理的に、
「人類のほとんどは、最後の滅亡」
 ということになるのだ。
 なぜなら、宇宙に移住するにも、地球人が暮らしていけるだけの人数として、ごく少量しかいないということになり、その人たちを、公平に選ぶということが時間的にも不可能だということで、それこそ、
「コンピュータがランダムに選んだ人たち」
 ということになるのだ。
 もちろん、それは、タイムマシンで古代に行くというのも同じことで、こちらも、
「タイムマシンの数や、超えられる人間の限界ということで、実に限られた人間が、ノアとなる」
 ということになるのであった。
 ただ、これはあくまでも、
「近未来」
 ということであり、令和12年のこの世界においては、
「タイムマシンの研究がある程度進み、短い時間であれば、過去に戻ることができる」
 という性能でしかなかった。
 それでも、
「何とか30年はさかのぼれる」
 ということで、やっと、
「人体実験ができる」
 というくらいにまで来たのだ。
 実際に、まだ、
「人類の滅亡」
 というのが、いつなのか?
 というところまではハッキリとはしていないので、
「焦りはあるが、無駄に焦ってはいけない」
 と言われる時代だったことで、ちょうどこの頃が、
「一番この研究を一般の市民に気づかれてはいけない」
 という、
「微妙で、デリケートな時代」
 といってもいいだろう。
 そういう意味で、開発チームとは別に、国家機密を守らなければいけないという、
「重大な任務」
 というものを持った部署が、各国で作られた。
 この頃になると、
「世界警察」
 というような、
「世界レベルでの組織」
 というものがたくさん作られた。
作品名:過去と未来の人類 作家名:森本晃次