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過去と未来の人類

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 ということであり、それが、
「人間の人間たる所以だ」
 と言われているのであった。
 他の動物には、
「路傍の石」
 という発想はないのではないか?
 と思われている。
 その、
「無意識の意識」
 というものこそ、人間が最高知能を持った種族だということになるのではないかと、最近の研究発表があったのだ。
 そして、この発想が、
「フレーム問題」
 というものを解決できるという考えかたである。
「フレーム問題」
 というのは、
「ロボット開発」
 というものにおいて、一番最初に考えなければいけない発想ということで、
「人間が、人工知能を持ったロボットを開発することができるのか?」
 ということに関わってくるのであった。
「知能というのは、人からの命令ではなく、自分の判断で、正しい結果を導くことができるかという発想をもたらせる力」
 ということである。
 これを、意識的に行わせるのが、人工知能というもので、人間や他の動物は、行えている。
 だからこそ、太古の昔から生き残っていけているわけで、
「自然の摂理」
 というものも、ちゃんと克服できているということなのだ。
 それこそ、
「遺伝子の力」
 ということで、先祖からの経験を遺伝子という形で受け継いだ子孫が、子々孫々という形で受け継いでいくことで、世の中を回しているということであろう。
 ただ、その元々の知能というものを作ったのが誰なのか?
 ということである。
 宗教的な考えかたからすれば、
「神が作った」
 ということになるだろう。
 つまり、
「創造主」
 というものがいなければ、自然発生することはないというのが、人間の発想の限界だということになるのだろう。
 だから、
「神様が人間を作った」
 というように、
「人間がロボットを作る」
 ということは、
「機械の身体を作るところまではできたが、問題は、人間のように、自分独自に考えることのできる頭脳を開発することができるのか?」
 ということである。
 これこそ、
「マトリョシカの発想」
 といえるのではないだろうか?
 つまりは、
「神という人形の中に、人間がいて、その人間という人形の中に、ロボットがいる」
 という、一種の階層的発想というものである。
 そうなると、
「どんどん人形は小さくなっていく」
 ということで、
「人間の知能に近づくことはできても、人間の判断力を持つことはできない」
 ということになる。
 そもそも、ロボットに、
「人間と限りなく同じだけの知能がなければ、ロボットとして運用することができない」
 ということであれば、
「ロボット開発はできない」
 ということになる。
 つまり、
「少しでも、ロボットが人間の発想と違うことをしてしまうと、フランケンシュタイン症候群になってしまう」
 ということだ。
 つまりは、
「理想の人間を作ろうとして、怪物になってしまった」
 という発想から、
「ロボットが絶対に人間に従順でなければいけない」
 ということになり、それだけ、
「人間には従順という強いロボットの意思を植え付ける必要がある」
 ということから、
「小さい箱の中に、どうやって組み込むか?」
 ということから、
「最初から人工知能」
 というものは、
「ロボットが自らの意思で、人間と同じような発想力を持つ」
 というのは、土台無理なことだと考えたとすれば、それ以上の発展はないということで、
「ロボット開発などありえない」
 ということになるのだ。
 だから、
「ロボットは人工知能を持ったものではなく、あくまでも、人間の命令に対して従順に動く」
 というだけのものでしかないという結論に至るということであった。
 ただ、
「人間には肉体的に脆弱だ」
 という欠点がある。
 それを少しでも解消するためにロボットは必要で、それが、
「人類滅亡を少しで解消するために必要だ」
 ということになるのだ。
 タイムマシンの開発同様、大切なことであった。
 タイムマシンで過去に行って、もう一度、文明を築きなおすという発想は、
「旧約聖書のノアの箱舟」
 という発想から出てきた。
「これこそ、一度未来まで来て、文明をほしいままにした人類が、地球滅亡に際して、過去に行き、そこで新たな文明を築いた」
 ということで、
「これらの文明は、人類が永遠につないでいくもので、自分たちの未来の人間も、同じように、地球滅亡に際した時、過去に戻って、文明をやり直す」
 という選択をするということから、この物語を描いたのだろう。
 これは、
「人間の自浄能力」
 というものの証明とともに、
「人類が生き残る」
 ということを、
「暗示させる物語」
 として、再度、何度目かの人類の歴史に警鐘を鳴らすということになるのであった。
 実はもう一つ、
「人類が生き残るため」
 ということで考えられていることがある。
 これは、
「ノアの箱舟伝説」
 というものを繰り返す世界線とは違う世界線を描くもので、ただ、こちらは、並行的に行われていることなので、実際には、
「人類が分割した」
 といってもいいだろう。
 そもそも、人類を過去に送り込んで新たな文明を築くとしても、全員がいけば、文明自体がないので、リアルな生活として、実際に生き残っていけるのかを考えると、
「選ばれた人間」
 ということになる。
 これが、ノアの箱舟における、
「一度洪水で世界を滅ぼす」
 という神の意思につながってくるということになるのだろう。
 それを考えると、
「人間が、宇宙に飛び出す」
 ということも一つの方法ということがいえるだろう。
 確かに、
「天動説から地動説へ」
 という発想から、天文学というのは大いに発展したと思われるかも知れないが、実際に、太古の昔から、
「宇宙に関しての発想であったり、考えかたというのは、素晴らしいものがあった」
 といえるだろう。
 古代四大文明と呼ばれるものでも、今の天文学に対して、勝るとも劣らないだけの発想があったというのは、科学者であれば、誰もが認めるといってもいいことであろう。
 だからこそ、
「古代人が宇宙人だった」
 という説であったり、
「古代には、宇宙人が何度も訪れていて、人間に伝授していた」
 という発想も出てくるのであった。
 それを考えると、
「地球の滅亡が近い」
 と考えた時、
「過去に戻って、文明をやり直す」
 という発想とは別に、
「この広大な宇宙に、地球と同じような天体があり、そこに移住できるのではないか?」
 という発想も出てくるわけで、
「どちらかに絞る」
 というよりも、
「どちらの発想も並行的に行う」
 ということの方が合理的だというものだ。
 実際に、
「切羽詰まった状態」
 ということは、どの学者にも言えることであり、
「それぞれの国家元首には、その重大性というものは、ハッキリと伝えられている」
 ということで、国家レベルで開発や研究が行われていたのだ。
 そういう意味で、世界の人類に対して、
「少しでも自然破壊をやめよう」
 と声を掛けているが、
「すでに、そんなことは遅い」
作品名:過去と未来の人類 作家名:森本晃次