過去と未来の人類
もっといえば、
「タイムパラドックス」
というのは、
「タイムトラベル」
というものを人間に阻止させるために考えられ、実際に、その運用を行っている組織があるのではないだろうか?
「人間が、時間旅行をする」
ということで、何が都合が悪いのか?
ということである。
そこに、
「人間よりも、上位の存在である、神というものが君臨しているからであろうか?」
あるいは、
「人間の中に、神として君臨する」
という人類が本当にいて、
「他の人間に、その世界を悟られてはいけない」
という時代背景が考えられるということであろう。
「そんなバカな」
と、2000年までの真田であれば、それくらいに思っていただろうが、
「この時、未来人がいた」
という意識が頭に残ってしまうと、それが気になって仕方が亡くなり、
「いずれは、神の組織というものが、自分の前に現れることだろう」
と思っていたことで、
「未来における秘密結社の存在」
というものに、それほどの驚きは持っていなかったのだ。
むしろ、
「やっと現れたか」
ということで、自分の想像が当たっていたということで、間違いない思いを抱いたというのが、自分の中で、
「少々のことでは驚かない」
という気持ちにさせたのだ。
ただ、
「毎日の研究」
というものが、
「次第に、マンネリ化してきている」
という思いが、どこか、しらけた感情を思わせるのだったが、ある周期になると、
「何かを思いつきそうだ」
と感じると、実際に、想像もしていなかったほどの発想に至るということがあったのだ。
それを思えば、
「未来や過去。そして現在」
という発想を、絶えず考えているというのが、
「マンネリ化しそうな頭の中を、退屈させない時間にいざなってくれる」
ということになると思うようになったのだ。
「過去、現在、未来」
というのは、時系列では当たり前のことであるが、以前楽曲にあった、
「現在。過去、未来」
という歌詞であったが、確かに、
「語呂がいい」
ということで、ふさわしいのだが、この順番というのが、
「時系列にわざと逆らう」
ということで、
「時間をとらえる単位として、一瞬というものが、一番のキーポイントということになるのではないか?」
と考えられるのであった。
「過去に来たことで、過去の自分と最初に出会い、未来を夢見た自分を思い出したことで、過去の自分が、未来を見てみたいと思っている」
ということが分かったのだ。
その時、タイムマシンの実験の際、
「どうして未来じゃないんだ?」
と言われた時、とっさに、
「過去がいい」
と言ったのは、
「未来に、本当にもう一人の自分がいるのかどうかが定かでないし、何よりも何を考えているのかが分からない」
と感じたからであった。
タブーというもの
過去での自分は、真田正信と名乗っていた。過去のこの世界は、
「タイムパラドックス」
というものが影響しているのか、実際の史実としての過去とは違うようだ。
一種の、
「パラレルワールド」
といってもいい存在なのか、だから、名前も微妙に違うのだった。
ただ、未来から来た自分、過去から未来人を見た場合に、
「自分である」
ということは分かるようだった。
そして、
「どっちの方がより分かるのか?」
というと、どうやら、
「過去の自分が未来を見た場合」
に分かるのだという。
本来であれば、
「未来人だから、過去の自分が分かるだろう」
と思うのだろうが、その過去が微妙に違っているのだから、分からないのも当然ということであり、
「分からないからこそ、過去は違っているんだ」
ということにも気づくのだ。
過去の人間に未来が分かるわけもないので、辻褄が合っていると思えば、すべてを信じてしまうという発想になったとしても、無理もないだろう。
だから、過去の自分が、目の前にいるのが未来の自分だと理解した瞬間、未来の自分に対して、絶大の信頼を持ったとしても、それが、
「これ以上ない、人生の先輩だ」
と思うからであった。
ただ、未来から来た自分も、
「過去が若干違っている」
ということを感じたとしても、実際には、過去のことをほとんど忘れている。
それは、
「過去に向かった自分だからこそ、忘れてしまっているのだ」
と思うからで、そう感じるからこそ、余計に、
「この時代は、記憶の中とどこかが違う」
と感じるのであろう。
それを思うと、
「そういえば、未来の俺って、どんな人間だったんだろう?」
と、この時代から見た、
「未来」
という記憶が、鮮明だったはずのところまで、どんどん薄れていく。
未来から見れば、令和12年が、一番鮮明な記憶で、時代をさかのぼるにつれ、
「なつかしさ」
という意識から、どんどん記憶が薄れてくるのであった。
しかし、今は、未来に行くほど記憶が薄れてくる。それこそ、
「2001年が一番覚えていることで、2002年、2003年と、どんどん記憶が薄れていく」
ということであった。
「俺は、この時代にいることで、記憶だけを持ったまま、この時代の人間になろうとしているのだろうか?」
と考えると、それこそ、
「時間の歪み」
を感じさせ、
「これが、タイムトラベルにおいての、一番の弊害なのかも知れない」
ということで、
「この時代に、長居は無用だ」
と感じた。
その頃になると、過去の自分は、未来に興味を持ったようで、
「昔の自分だったら、絶対にしなかった」
と思うのに、
「未来の自分が乗ってきたタイムマシンを使って、未来に行ってみるか?」
と感じたのだ。
本来であれば、未来の自分が戻らなければいけないのに、過去の自分が未来に戻る」
ということになるのだ。
「そんなことは、許されない」
ということで、
「きっと歴史が阻止してくれるだろう」
と思ったが、案外そんなことはなかった。
過去の自分、つまり、
「真田正信」
が、未来に行ったのだ。
すると、未来に戻った正信が見たものは、
「未来にも、真田正敏がいた」
ということであった。
本来であれば、真田正敏が飛び立った記憶はタイムマシンに残っているので、正信は、
「未来の自分と出会わないように」
という注意から、正敏が飛び立った時間よりも、少し先に降り立ったのであるから当然に、
「この時に正敏、つまり、未来の自分がいるわけはない」
と思ったのだが、実在していた。
しかも、未来の正敏は、自分が、
「過去から来た」
ということを分かっていた。
分かっていて、その経緯もすべて分かっていたのだ。
「私は、この時代では、国家機密人間ということで、その存在は、消されていたといってもいいだろう。だが、その正敏が過去に行って、その過去から、昔の自分が未来にやってきた。君はこの時代では、その存在はないに等しい。いわゆる、路傍の石といってもいい存在である。だから、そのおかげで、今の私が、庶民的な生活ができるというわけさ」
という。
「でも、あなたは、この世に庶民的に存在することを毛嫌いしていたのではないんですか?」



