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過去と未来の人類

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 というものを考えるような人間であれば、この組織に招き入れるということはないのである。
 実際に、この組織を作る時に、構成員として選ぶことに関しては、そのほとんどが、
「真田のような人間」
 ということで、
「戸籍がなくても、研究さえできればいい」
 ということで、
「生きがいだけを求める人間」
 を集めてきたのだ。
 実際に、そういう人物は思ったよりもいるようなのだが、
「それらの人間のレベルとしては、結構幅が広い」
 といってもいいだろう。
 その中でも真田は極端な方で、他の人は、
「下部組織で十分」
 と言われるが、
「その中でも、秀逸な人材」
 ということで選び抜かれたエリートということで、真田は、
「天皇直轄組織」
 ということで、研究に没頭する毎日だったのだ。
 そんな彼は、いよいよ、タイムマシンを完成させた。
 実験からは、本当は組織に従う必要があるということであるが、
「彼に従うロボット」
 というものを、開発してもらったことで、
「真田は、独自に実験ができる」
 ということを許されたのだ。
 だから、
「移動できるギリギリの過去」
 に行くことにした。
 研究員の上司から、
「なぜ、未来ではないのか?」
 と聞かれた時、
「未来にいって、着地点がなければ、自分がどうなるか分からない」
 ということだったからだ。
 ただ。それよりも、
「30年前の自分」
 というものに遭いたいと考えたからだった。
 というのは、
「これは誰にもいってはいない」
 ということであるが、
「実は、30年前に、かつて、不思議な人物に遭った気がする」
 ということであった。
「その時はまさか、将来において、このような秘密結社に入り、タイムマシンの研究をする」
 などするとは思ってもみなかったからである。
 実際に、タイムマシンというものを操作することになるとは思ってもおらず、
「いずれは、研究ができればいいな」
 と思っているほどであった。
 ただ、その時に思ったのが、
「もし、タイムマシンで未来人がくれば、それを乗っ取って、未来に行ってみたい」
 と感じたことであった。
 今であれば、
「未来にいく」
 ということの恐怖が分かっているが、少なくとも、未来から来た人がいるということは、
「世の中は、その時代まで存在している」
 ということである。
 しかし、実際には、その時代から、
「必ず戻ってこれる」
 という保証がなければ、
「行った未来に取り残される」
 ということになるだろう。
 そもそも、タイムマシンで、
「未来人が過去にくる」
 ということを考えた時、考えられることとすれば、
「その人物がいた時代が、狂ってしまっていて。。どこで狂ったのかということをタイムマシンで探して。時代を下に戻そうとする」
 ということに使われると考える。
 そもそも、
「時代を捻じ曲げた」
 ということであれば、
「最初に捻じ曲げた人間」
 というのがいるわけで、その人物がどの時代の人間なのかは分からないが、その人物を見つけ出して、正す必要があることからのタイムトラベルと考える。
 ただ、
「捻じ曲げた人物」
 というのは、
「本当のその時代の人物」
 ということなのかも知れない。
 それを分かってれば、
「過去にいく必要性」
 というものがないわけで、却って過去を変えてしまうということで、
「今よりももっとひどくなってしまえば、もうどうしようもない」
 といってもいいだろう。
 それを考えると、
「タイムトラベルの怖さ」
 というものが、
「タイムパラドックス」
 というものだといえるのだ。
 ただ、そもそも、
「タイムトラベル」
 というのは、
「時空のねじれ」
 というものから発展した考えかたということで、そのねじれを、
「当たり前」
 といえる発想で考えると、その行動が正しければ正しいほど、時空のねじれに逆らうことになり、
「歴史の答えにたどり着かない」
 ということになるだろう。
 つまり、
「時系列」
 というものと、
「時空のねじれ」
 というものから、引き起こされるのが、
「タイムパラドックス」
 ということであれば、
「最初から、タイムパラドックスというものを意識してしまうと、見えてくるものも見えてこない」
 といえるのではないだろうか?
 だから、
「未来から過去」
 にやってきた未来人に対して、本来であれば、
「未来のことを聞いたり知ったりしてはいけない」
 と言われているが、それも間違いではないかと思うのだ。
 そんなことを、確かに、
「25歳の時の自分が感じていた」
 というのは、その時、
「未来から来たと思われるような人が確かにいた」
 と考えたからであった。
 だから、
「あの時は、未来人と話ができなかった」
 という意識を持ったまま、55歳という年齢になったが、今の自分であれば、タイムマシンをいうものを知り尽くしていて、
「過去の自分と会う」
 ということも容易だと思っていることで、
「何を聞かれるか?」
 ということも想像がつく。
 つまり、
「今の年齢となって過去にやってきた自分は、過去の自分のことも成長した自分だからこそ分かる」
 というもので、
「タイムパラドックス」
 ということで、
「もう一人の自分と出会う」
 というのは、あってはならないことということになる。
 しかし
「今まさにタイムマシンを開発した」
 という自分であるからこそ考えるのが、
「過去に来て、最初に出会うというのは、過去の自分だ」
 ということが常識であるという発想になったのであった。
 ただ、そこには、
「もし、過去を変えるかも知れない」
 ということであっても、それは、最初から決まっていたことであり、自分の記憶もすべての人の記憶も変えられてしまっていると考えるのであった。
 つまりは、
「変わった瞬間から、新しい世界が開け、意識も、それに追順する形で新しく作られる」
 ということから、
「デジャブ現象」
 という、
「会ったことも見たこともないはずなのに、記憶の中にある」
 ということの証明ではないかといえるのであった。
 だから、
「過去の自分も、その人が未来人だ」
 ということを察すると、
「これは、未来の自分だ」
 ということを悟ることになるだろう。
「だから、タイムマシンというのは、自分が生きている時代にしかいけないんだ」
 という理屈になると思うのだ。
 それこそが、
「タイムスリップ」
 と、
「タイムリープ」
 というものの融合ではないかと考える。
 つまりは、
「タイムマシンで、過去にいくと、未来のことを知り尽くしている自分が、過去にいくということになるので。タイムパラドックスの発想さえなければ、これほど合理的な発想はない」
 というのが、
「タイムトラベルではないか?」
 と考えるのだ。
 実際には、
「タイムパラドックス」
 というものを考えさせるのは、
「タイムトラベル」
 ということを行うことで、何か都合が悪い連中が、
「タイムパラドックス」
 という理屈をでっちあげることで、
「人間にタイムマシンを開発させないようにしよう」
 と思っているのかも知れない。
作品名:過去と未来の人類 作家名:森本晃次