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完全犯罪研究の「路傍の石」

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「実際には、加害者側でも、まったく犯罪とは関係のない人までが悪く言われてしまったり、迫害を受ける」
 ということに対して、非情な気持ちになるということである。
 それだけ、
「日本人の感情は、武士道というものからきている」
 といってもいい。
 だからこそ、
「勧善懲悪」
 と、
「弱肉強食」
 ということが絡んで、どうしても、
「勧善懲悪のストーリー性」
 というものから、
「善は弱いもので、悪が強いものだ」
 という、一種の凝り固まった発想になってしまうといってもいいだろう。

                 路傍の石

 そんな、
「犯罪組織」
 というものが暗躍し始めたのであった。
 警察の方は、最初に、
「警察組織の中で出来上がってきた」
 というものが、
「税金の無駄遣い」
 といわれたことで、
「政府のお家芸」
 といってもいいような、
「民営化」
 ということで、民間に、
「いくつかの組織ができた」
 ということから、どんどん、さらに、細分化されてきたということであった。
 しかし、悪の組織も、警察に少しだけであったが、遅れをとったのだが、あくまでも、
「影の組織」
 ということで、警察のように、
「世論やマスゴミが敵」
 ということはなく、
「組織というものは、少しずつ暗躍する形で、増えていった」
 ということであった。
 ただ、暗躍してできたということなので、それぞれの組織は、まだまだ弱体というものであった。
 そこで、
「闇の組織」
 という巨大な組織が中心となって、
「闇は闇の中で、少しずつ新しく形成されていく」
 というものを、
「一つの組織」
 ということで、盤石なものということにしておいて、そこから、
「それぞれに、まるで、子会社孫会社というような形のもの」
 を形成していくのであった。
 そういう意味で、
「警察組織と逆方向」
 ということで、それだけ、
「闇の力の大きさ」
 というものが確立してきたといってもいいだろう。
 組織の強さというのは、
「闇に暗躍」
 というだけではなく、
「路傍の石」
 としての力を持てるのであった。
 一種の、
「ステルス化」
 といってもいいかも知れない。
 ただ、実際のステルスと違うのは、
「路傍の石」
 という形で、
「保護色」
 というものとは少し違った。
「実際には目の前にあるのに、誰も意識をしない」
 というものであった。
 これは、
「忍び」
 とも違うもので、実際に、このことを、
「皆知っている」
 ということのはずなのに、意識をしないということで、それほど、そのステルス性が大きいかということになるのだ。
 実際の犯罪というものも、この、
「路傍の石」
 というものを使って行うということが、いかに、合理的で、相手を欺けるか?
 ということになるので、犯罪者側からすれば、
「相手に対して大きな盲点」
 ということで、
「いかに、犯罪を行うか?」
 ということだけではなく、
「捕まることはないか?」
 ということで、最初から考えられていたことだといえるだろう。
 警察組織としては、
「完全な死角になる」
 ということである。
 そもそも、相手に気づかれずに捜査をするというのは、警察では組織で動くものなので、基本的には考えにくいということであった。
 それこそ、
「麻薬捜査や、マルボーのように、内偵などというもの」
 でもなければ、
「極秘というのはなかなかない」
 といえる。
 そういう意味では、警察が意識をしないのだから、犯罪組織も、警察に対して、
「路傍の石」
 という意識を持つことはないと考えられる。
 だから、警察がひそかにやっているつもりのことでも、闇組織を持っている連中からすれば、
「警察が路傍の石というものを考えることは不可能だ」
 と考えるのであった。
「路傍の石」
 というものは、
「探偵小説などの、架空の小説」
 というものでは、よく使われたりする。
「目の前にいても、相手には、それが犯人である」
 とは分からない特殊なものをまとっているというような発想である。
 だから、中には、
「探偵が犯人だった」
 という探偵小説があったりもした。
 ただ、これは実際に昔から言われていることとして、
「ノックスの十戒」
 と呼ばれるものなどで、
「ミステリー界のトリックにおいての、タブー」
 というものが言われているのだが、その中に、
「当たり前じゃないか?」
 といわれるものがある。
 たとえば、
「最後まで犯人を登場させず、最後の最後で、この人が犯人だ」
 という謎解きであったり、
「密室殺人トリック」
 において。
「隠し扉があった」
 ということを、前触れもなく、最後に出してきたりする中で、
「犯人が探偵だった」
 というのも、タブーといわれていた。
 しかし、それも、小説家が書く、
「叙述」
 というものにおいて、
「よく読めば、小説の中に、探偵の態度がおかしい」
 ということを匂わせるような、伏線というものが存在していれば、それこそ、
「叙述トリック」
 ということで、
「読者をうまく欺き、作者が考える迷路に誘い込んでいる」
 というようなことであれば許されるということである。
 そういう意味で、
「探偵小説のトリックが出尽くしているので、後はバリエーションの問題だ」
 といわれるということであったが、この、
「バリエーションというものが、叙述トリックとして使えるということであれば、それもありだ」
 ということになるだろう。
「ノックスの十戒」
 というのも、あくまでも、その当時に考えられた一種のマニュアルのようなもので、トリックや謎解きを考える時。
「ノックスの十戒というものに挑戦する」
 という小説であれば、それこそ、
「今後のミステリー界に、衝撃を与える」
 ということで、特化できるものだといえるのではないだろうか。
 近未来に至るまでの、ミステリー小説界であったり、
「犯罪者と警察組織」
 というものは、
「科学捜査」
 であったり、
「心理捜査」
 ということに関しては、新たに開発され、
「犯罪が行いにくい時代になった」
 ということは間違いないだろう。
 しかし、
「犯罪者側」
 というのも、
「じっと黙っている」
 というわけではない。
 もし、その犯罪というものに、
「お金が絡む」
 ということであれば、
「営利目的のため、組織化した犯罪集団が暗躍する」
 ということが当たり前になるだろう。
 今までの、
「警察組織と犯罪者」
 という構図から、
「警察と、犯罪者の、組織同士の戦い」
 というものができてくる時代になってきたのかも知れない。
 ただ、犯罪組織というのは、
「マフィア」
 などのような、
「組織犯罪」
 ということではなく、元々、
「個人的な犯罪」
 というものを、
「組織がバックアップする」
 ということでの、犯罪組織であることから、
「警察の捜査を妨害したりする」
 ということよりも、
「警察と、犯罪組織の間で、頭脳的な戦いが繰り広げられる」
 ということになる。
 だからこそ、
「警察での、犯罪研究所」
 というものができたり、