SF風大東亜共栄圏
という時点で確定していたといってもいい。
ただ、もっといえば、研究家によって意見は分かれるが、
「満州某重大事件」
あるいは。
「満州事変」
あたりからになるともいえる。
ただ、
「対華二十一か条要求」
あたりからではないか?
という意見もあり、要するに、
「歴史というのは、ドミノ倒しのように、どこから始めても、同じ結果になっている」
といってもいいかも知れない。
「戦後のどさくさの時代」
あたりから、
「やくざのような連中が暗躍を始めた」
というのは。
「政府の配給に頼っていれば、皆、栄養失調で死に絶える」
ということから、
「闇市」
というものが流行ってきて、そこで手に入れたお金を下に、闇市の経営者は、
「金と力」
というものを手に入れる。
さらに、彼らに、
「再軍備」
という愛国心に飽津れる右翼というものが結びつくことで、だんだんと、組織が大きくなってくるということだ。
実際に、安保闘争などで、大きな問題になった時、その利益をほしいままにしたところもあり、それが、組織を作るということで、
「やくさ」
としての組織が出来上がってきたのだ。
それが、
「もはや戦後ではない」
といわれるようになると、警察の摘発などもあり、
「組織としての隠れ蓑」
ということで、
「組織を株式会社化する」
ということが、当たり前になってきたのだ。
しかし、株式会社にすることで、犯罪の種類が変わってくる。
いわゆる、
「詐欺といわれる連中が出てくる」
ということになるのだ。
見た目に目立つ、
「凶悪犯罪」
というものではなく、善意の人間をだますということで、
「静かではあるが、本人が分からないうちに、借金していた」
などということで、しかも、相手が、取り立てを合法的にやっているということであれば、
「いくら警察に訴えても、どうしようもない」
ということだ。
もっといえば、警察というのは、
「民事不介入」
ということで、
「詐欺事件には、介入できない」
ということになる。
もちろん、暴力を振るわれたり、傷害を受けたりすれば、
「傷害事件」
ということで、被害者と加害者ということになって、警察が動くのだが、そのもとになった、
「借金」
ということに関わることはできない。
法律上問題がなければ、
「借りたものは返さなければいけない」
ということで、
「借りた方が悪い」
ということになるのだ。
ただ、これが、
「法外な利息」
であったり、法律違反をしていれば別であるが。それも、警察が直接関与することはできないのである。
よく問題として、
「保証人になったことで、関係のない借金を引き受けることになる」
という話を聞くが、
「よほど、詐欺として、巧妙に保証人にさせられた」
ということでもなければ、
「保証人としてハンコを押した方が悪い」
ということになるのだ。
中には、
「本人であったり、家族が病気で、治療費に莫大なお金がかかる」
ということであれば、気の毒であるが、それ以外では、
「引っかかった方が悪い」
ともいえるもので、世間的に、
「騙されたのはかわいそう」
という気持ちになったとしても、赤の他人が、その借金をどうすることもできないというのが、ある意味、
「法治国家」
というものである。
悪党が、
「俺たちは、法律に守られている」
ということになるのだろうが、そもそも、
「そんな悪党が儲かる時代」
というのがあったのも事実で、
「悪党をうまくいかに扱えるか」
ということが、同時の社会の、
「勝ち組」
ということであったのだろう。
この時代のパラレルワールドでは、
「やくざが幅を利かせる」
という時代ではあったが、この時代にも、
「天才集団」
というものがいて、本来のやくざ連中とは、
「別の組織」
というものが暗躍していたのであった。
当時の言葉としては、
「マフィア」
と呼ばれるものだったといってもいいだろう。
彼らは、国内だけではなく、外国のマフィアとも手を結び、日本人独特の、
「天才的な頭脳」
と売り込むことで、さらに、奥深いとことで、暗躍していたのであった。
実際に、
「彼らが暗躍できる」
というのは。
「時代が、彼らの頭脳に追いついていない」
ということであった。
実際に。これが表の、例えば警察のような公務的な組織であれば、
「科学の発展」
というのは、警察のため、つまりは、
「国民のために利用しないといけない」
ということになるのだが。
闇の組織」
ということであれば、
「自分たちの組織の中だけで使えばいい」
ということで、
「敵である警察組織」
であったり、今の、
「国家公安」
などというものよりも、
「一歩も二歩も先に進んだ科学力」
ということで、その差というものは、
「数十年の差」
といってもいいかも知れない。
それこそ、
「電卓もない、そろばんの時代に、組織は、コンピュータを駆使して、行動ができる」
というほどの違いである。
しかも、この
「パラレルワールド」
における、
「組織集団」
というのは、
「それぞれのことに特化した組織が単独で形成され、そこから自由な結びつきになる」
ということで、
「実際の組織同士のつながりは薄い」
といえるかも知れないが、
「警察などの連帯組織から見れば、まったく想定できない展開が考えられる」
ということから、
「彼らを検挙することは、ほとんど無理だ」
といっても無理もないということであった。
そんな時代において、
「特化したもの」
というのは、
「犯罪集団」
ということでも、さらに細分化されていた。
しかも、犯罪において、
「犯罪代行」
のようなこともあり、
「素人ではできないような犯罪を、金をもらうことで可能にする」
という、まるで、時代劇における、
「仕事人」
というようなものだといえるのではないだろうか。
それが、
「微妙なずれ」
とは言ったが、
「史実の時代」
というものと、
「この物語の時代」
というものの間で、
「どう違うのか?」
ということでの、
「悪の部分」
ということで。れっきとしたものだったということである。
犯罪組織の中には、
「実行部隊」
ということでの組織もあれば、
「犯罪というものを研究する」
という企画立案のような組織もあるのだ。
そういう意味で、
「株式会社化」
というのも、リアルに聞こえてきて、
「戦後すぐにおける、探偵小説」
というものが流行った時代を、思い起こす人も多かったようだ。
実際に、
「犯罪研究においての、教科書」
というものは、それこそ、戦前戦後に一世を風靡したといわれる、
「探偵小説」
というものを使っていたのだ。
史実の世界」
ということであれば、
「探偵小説の時代」
というものが、
「トリックが出尽くした」
ということで、すたれていったことがあった。
その代わり出てきたのが、
「社会問題」
などというものに焦点を当てるということでの、
「社会派ミステリー」
と呼ばれるものであった。



