SF風大東亜共栄圏
という世界では、
「あまり分岐してから時間が経っているわけではない」
ということであった。
実は。
「パラレルワールドにおける昭和という時代」
史実では、
「昭和64年が最後」
ということになっているが、実は。
「昭和80年くらいまで続いていた」
ということであった。
それは、
「1天皇の時代に一つの年号」
という考えが、変わったからであった。
つまり、
「敗戦」
ということにおいて。
「時代が分岐した」
ということであり、その中心にあったのが、
「再軍備の問題」
と、
「天皇制」
ということであった。
実際に、
「パラレルワールドの世界」
においては、
「憲法9条といわれるものは、かなり違う形で存在している」
というのは、
「日本軍はそのまま存続はしていて、専守防衛ということではなく。国防のためには、先制攻撃もできる」
ということであった。
しかし、侵略行為はできないということで、徴兵制もなければ、表向きは、
「平和国家」
ということであった。
というのは、この時代の人間が、国家の行く末を見抜いていたということで、
「決して、某国の植民地にはならない」
という考えからであった。
「史実においては、完全に、某国の植民地として、何とか日本を守ってきた」
かのように言われているが、それこそ、一番理不尽とも思えることとして、
「唯一の被爆国」
ということである日本が、
「攻撃してきた国の、属国になる」
というのはありえない。
ということからであった。
「パラレルワールドにおいては、かつての国家を憂いた人間が、処刑されずに生き残った」
ということから、できてきた体制だったのだ。
ということで、
「パラレルワールド」
という世界においては、
「極東国際軍事裁判」
つまりは、
「東京裁判はなかった」
ということである。
となると必然的に、ドイツにおける、
「ニュルンベルク裁判」
というものもなかったということで、裏を返せば、
「東西冷戦」
というものが、それほど厳しいものではなかったのだ。
だからこそ、
「社会主義というのが、まだまだ勢力があった」
ということで、こちらの世界では、
「民主主義と社会主義がいい塩梅で争っていることで、却って、世界平和が守れている」
という世界だったのであった。
そういう意味で、日本においても、社会においても、
「パラレルワールドという世界」
というのは、
「史実世界の反面教師」
と考えられるが、厳密にいえば、
「パラレルワールドの方を反面教師としなければいけないのに、その存在を知っている人が、ほとんどいない」
ということは、皮肉というべきか、もっといえば、
「パラレルワールドの世界がいずれが、史実にとって代わる」
ということのためには、
「今は、まだ平行世界というものを形成させておかなければいけない」
という時期なのだということであろう。
もっといえば、
「社会において、史実の理不尽であったり、矛盾したことを、いかに膿として出すことができるか?」
ということであろう。
まるで
「鏡のように存在する世界において、今のままでいけば、史実は崩壊してしまうと考えると、その代行世界として、並行してパラレルワールドが存在しているということであれば、こちらの世界を、試験的な社会ということで位置づけるということもありだ」
といえるのではないだろうか。
それが、
「交換殺人にも言える」
ということであり、それを証明してくれるのが、
「秘密結社」
というものが存在する世界だということになるだろう。
この世界において、
「必要悪というものが存在しない」
というのも、そう考えると分かるというもので、
「必要悪というのは、いくら必要だと言われたとしても、悪でしかない」
といえるに違いない。
今の時代における、
「必要悪」
というのは、実は
「パラレルワールドの世界」
でも、存在している。
ただ、言われているというだけで、
「史実の世界」
においては、それを誰が、必要悪だと思うというのか?
ということであった。
実際に、
「世界が二つに分かれた」
というのは、
「国家レベルということからなのか、それとも個人レベルということになるのか?」
ということであるが、
「実際には、個人レベル」
ということであった。
その証拠に、
「分離してからしばらくして、どちらの世界でも、ほぼ同じ時期に言われ始めたのが、個人情報の保護という考えかただった」
ということである。
二つの世界に別れてから、それぞれに、
「似た時期に同じような発想が生まれる」
というのは、まれなことであった。
時代に少しずつずれがあるということで、存在している二つの世界。
だからといって、同じ時期に同じ発想が生まれるのは悪いことではなく、むしろ、どちらの世界でも正解ということであり、
「お互いに近づいてくる証拠だ」
といえるのではないだろうか?
そんな時代において、
「パラレルワールド」
というのは、一種の、
「元締め」
といってもいいのではないだろうか?
それこそ、この世界における、
「唯一無二の存在」
ということで、いえるとすれば、
「必要悪」
といっていいのではないだろうか。
ただ、必要悪といっても、こちらのパラレルワールドは、
「史実の世界」
というものに比べ、かなり、
「素晴らしい理想の世界」
と考えられていることから、すでに、
「悪」
という言葉は、ここでは存在しないものだといってもいいのではないだろうか?
それを考えると、
「いずれ、元々分岐した世界と一緒になる」
ということがあるとして、
「すべてが、善の世界」
ということはありえない。
そのためには、
「パラレルワールドが、史実を吸収する」
ということではいけない。
なぜなら、
「元々は史実から来たものなのだ」
ということになるだろう。
それを考えると、
「吸収するのは、史実でなければならない」
ということから、
「パラレルワールド世界」
というのは、あくまでも、
「試験的なモニター世界」
といえるのではないだろうか?
大団円
つまり、
「試験的なモニター世界」
ということで、この社会が、
「かつての、史実世界の歴史をすべて把握している必要がある」
ということである。
そして、
「史実世界が、そのまま推移すれば、どのような結末を迎えるか?」
ということを予測し、
「では一体、どの時代から、吸収されなければいけないのか?」
ということを考えると、
「それぞれの歴史にずれがなければ、吸収されることはない」
ということになる。
つまり、
「吸収する側が主導であってはいけないので、吸収される側が、その時代を先に進んでいないといけない」
ということになる。
つまりは、
「母体は史実である」
ということに変わりはないが、
「吸収される側が圧倒的な力と正義を有していないといけない」
ということで、



