SF風大東亜共栄圏
であったり、
「微粒子力学」
などという専門的な分野でも、一部の人間しか知らないという、
「超国家機密」
ということであった。
だから、政治家も、
「ソーリですら知らない」
ということであった。
考えてみれば、
「ソーリ」
や、
「ダイトウリョウ」
などという役職は、任期というものがあり、それが終われば別の人がなるということで、流動的な立場の人間に教えるなど危なくて仕方がない」
ということであった。
これが、
「いつの時代であっても、名君として誇れる人物」
ということであれば、まだ考える余地もあるが、今は、
「任期の間、ただ、その椅子にしがみついている」
ということにだけ集中しているような連中の、
「どこが国家元首だ」
ということになる。
「一番教えてはいけない連中ではないか?」
ということで、
「学会が、強硬に反対した」
ということだったのだ。
それは、本当に正解だったろう。へたをすると、
「超国家機密」
であっても、
「金になる」
と思えば、簡単に取引材料にするというのが、
「ソーリ」
である。
実際に、その状況がひどいのは、
「パラレルワールド」
なのか、それとも、
「史実」
なのかというのは、微妙なところで、それを分かっている人がいるとすれば、それは、
「歴史学者ではないだろうか?」
歴史学者の間には、
「学者の中でも一番機密が多い」
といわれるところで、今学校で教えている内容が、毎年のように変わるというのは、そういうところからきているのではないだろうか?
「発見された」
というわけではなく、
「秘密にしていることを、時代を見ながら、小出しにしている」
ということなのかも知れない。
交換殺人
前述における、完全犯罪というものを考えた時。
「動機を持った人間」
というものと、
「実行犯」
というものが、表にその関係が出てくることがなければ、警察の捜査で、事件を解決はできないということから、
「迷宮入りになる」
ということで、
「完全犯罪となる」
ということであったが、それは、あくまでも、探偵小説という、架空の話ということであれば、できなくはないといえる。
これが、実際にやろうとすると、無理があるというのは、
「史実の世界」
において考えられるということである。
というのは、
「犯罪計画というものを、理論上だけで考えれば、できなくはない」
ということになり、
「精神的なことが絡んでくると、精神的な部分においても、物理的に不可能だ」
といえることになるという、
「一つの大きな例えだ」
といえるのではないだろうか?
というのは、
「考えかたとしてできるとすれば、交換殺人」
という考えかたということになる。
「交換殺人」
というのは、
「実際に殺意を持った人間がいて、その人は、当然捕まりたくはない」
と思っていたとする。
そうなると、前述のように、
「実行犯を別に設けて。その人物は、被害者とは、まったく接点のない人物」
つまりは、
「捜査線上に浮かんでこない」
という人物であること。そして、
「本人は、動機がある」
ということで、当然のことながら、
「重要参考人」
という立場にいるわけなのだが、実際には犯行を犯していないのだから、自分に、
「完璧なアリバイ」
というものが存在すれば、それこそ、
「完全犯罪だ」
ということになる。
実行犯がたとえ捕まっても、自分が捕まらなければそれでいいという考えでもある。
かつての、探偵小説のトリックとして、一つ考えられたこととして、
「顔のない死体のトリック」
ということで、
「死体損壊トリック」
というものがある。
これは、
「身元がまったく判明できない死体」
というものを示すことで、
「犯人と被害者が入れ替わる」
という考えであった。
この場合のメリットとしては、
「犯人は、死んだことになっているので、絶対に警察に捕まることはない」
ということである。
当時は、時効があったので、その時効が完成するまで、果たして隠し通せるか?
ということが一番の問題である。
しかし、いくら、昭和の時代とはいえ、
「死んだことになっている」
という人間が、ずっと生き続けられるということは、ほぼほぼ無理だといってもいいだろう。
「住民票もない。健康保険証もない」
ということで、
「就職することはもちろん、住居を持つことも、病気になっても、医者に罹れない」
ということになるので、まず時効が完成するまで生きていくことは難しいといえるだろう。
だからこそ、
「小説の中であれば」
ということもいえるのだ。
実際には、少しの間隠れとおすことはできても、結局、生きていくことができないということで、
「自首した方がましだ」
と考えるだろう。
要するに、
「自分が死んだことになっているので、表に出ることができない」
ということが、
「死体損壊トリック」
では問題となるのだ。
では、
「交換殺人」
というものであれば、どうであろう?
交換殺人というのは、
「2人の男がいて、共通しているのは、誰かを殺したいという殺意というものを持っている」
ということである。
その動機や、度合いは様々であろうが、
「復讐」
であったり、
「殺さないと、自分が生きていけない」
というような切羽詰まった状況であれば、
「機会があれば、殺人を実行したい」
と思っていたとしよう。
殺人を実行しないのは、
「殺人というものが犯罪で、してはいけないこと」
というような、道徳やモラルに反するという考えではなく、単純に、
「捕まりたくない」
ということであるならば、
「少しでも完全犯罪に近い」
ということであれば、今の自分の立場と照らし合わせれば、殺害の実行というのも、否めないということになるので、実行に対しての可能性も膨らんでくるというものだ。
そのためには、
「犯罪計画」
というのが問題になる。
一人で考えていて、なかなか完全犯罪というのは難しい。
つまりは、
「犯罪を行うには、そのための、きっかけとタイミングというものが必要だ」
といえるのではないだろうか。
そこで、考えられることとして、
「まったく同じ立場の人間がいれば、お互いに、相手の殺人動機を持った人間に対して、自分が実行犯となる」
ということである。
いわゆる。
「交換殺人」
というものであるが、これは、
「死体損壊トリック」
というもののように、
「実行犯が、まったく捜査されることはない」
ということでの、
「完全犯罪」
ということになるという考えだ。
ただ、
「時効になるまで、精神的にもつものか?」
というのが、死体損壊トリックというものと同じことであり、ただ、今回は、
「自分が死んだことになる」
というわけではないので、死体損壊トリックのように、
「ずっと隠れている」
という必要もなければ、
「日常生活というものに危険が及ぶ」
ということはないといってもいいだろう。
ただ、そのかわり、



