一感情全偶然
松島のように、
「自分の言うとおりに相手が動いてくれないことで、付き合っている時は動いてくれた」
という、
「以前の感覚」
というものから、離れることができないことで、執着してしまうということになるのだろう。
それを考えると、
「自分は、まだ本当の恋愛感情というものを知らないんだろうな」
ということであった。
そもそも、恋愛感情というものは、
「感情」
だけではなく、
「肉体関係」
というものもセットで考えないといけないことであろう。
実際に、松島が、
「童貞を捨てた」
というのは、20歳の時であった。
それまでは、
「付き合う」
というところまではいくのだが、
「肉体関係を結ぶ」
というところまではいかないということであった。
「付き合っても、長くて3か月」
ということで、松島は自分の中で、
「付き合い始めてから、大体、肉体関係になるというのは、3か月くらいが妥当ではないか?」
と思っていた。
しかし、実際には、
「3か月もたない」
というのは、裏を返せば、相手が、
「俺とは肉体関係を結びたくない」
と考えるから、
「いつも3か月もたないんだ」
ともいえる。
それは、相手の潜在意識と、松島の感覚が結びつくことで、反発心のようなものが芽生えてくると考えると、
「結局は、付き合う相手に、自分の考えかたというのが、全部バレている」
ということになるのではないか?
と思うのだ。
考えてみれば、まわりから、結構、
「お前は分かりやすい」
ということであったり、
「顔に出るからな」
とも言われていた。
まわりから、
「松島はストライクゾーンが広い」
といわれるのも、そのあたりが問題であり。
「きっと、皆に俺の性格であったり、パターンが知られているからなのだろう」
と思うのだった。
学生時代は、
「それならそれでいい」
と思っていた。
別に、
「隠すことではない」
ということで。むしろ、相手に、
「分かりやすい奴だ」
と思われる方が、付き合いやすいというもので、これが、
「仕事」
ということになると、
「守秘義務」
であったり、
「隠さなければいけない」
というものを軽々しく口にするというのはご法度といってもいいだろう。
だから、
「分かりやすい性格」
というのは、学生時代までであれば、いいのだろうが、社会人になると、
「決していい性格ではない」
ということになるだろう。
大学時代であっても、
「10代と20代」
というものをまたぐということで、異までこそ、
「成人年齢は18歳」
であるが、松島が若い頃というのは、
「満二十歳で成人とす」
ということだったのだ。
「二十歳といえば、ちょうど、3年生くらいの頃」
といってもいいだろう。
現役で大学に入学した松島は、3年生の冬に、
「二十歳を迎えた」
ということであった。
大学生活の考えかたとして、
「3年生までに、取得単位をすべて取得しておいて、4年生になれば、就活に専念する」
ということであった。
しかし、
「数単位を残してしまった」
ということで、卒業は難しくはないが、就活に少ししこりが残ったというものであった。
ということは、二十歳になると、
「大学生」
ということでの、甘い考えは通用しないといえるだろう。
ここから先は、
「何とか卒業単位を取得し、就活も成功させないといけない」
ということであった。
大学4年生の時に、付き合った女の子がいて、彼女とも、結局は数か月の付き合いだったのだが、その子の印象も結構強かった。
というのは、
「初恋の子に似ていた」
ということだったからだ。
というのは、
「小学生の頃、まだ思春期でもないのに、おとなしい女の子といつも一緒だった」
ということを思い出とし、
「あれが初恋だった」
と思うことで、
「後から思えば、大学4年生の時に付き合った女の子が、初恋の子に一番似ていた」
ということで、自分が、
「いつまでも、好きだった女性に執着を感じる」
ということになると思ったのだ。
逆に、
「執着せずに、すぐに忘れる人は、最初から好きでも何でもない相手」
ということになるだろう。
大学を卒業するまでは、
「4年生の時に付き合った彼女」
というイメージが残ったことで、
「初恋の子がそうだったんだ」
と感じさせられるのであった。
「初恋というものがいつだったのか?」
ということを、
「思春期でもない。異性に興味を感じない時期だ」
ということであるにも関わらず、皆意識しているというのは、
「後から思い出す」
ということが、
「絶対にあるからではないか?」
といえるであろう。
本当は、
「ここからが20代」
ということになるかも知れないが、明らかに違う。
ということになると、
「大人になる」
という感覚も、
「初恋というものを思い出した時ではないか?」
と感じるのであった。
20代の松島
何とか就職できた会社は、最初から、
「デザインの経験があった」
ということからではなかった。
最初は、
「営業」
ということで入社したのだったが、その研修期間中は、
「支店や営業所の業務を覚える」
というのが主だったのだ。
その期間が、ちょうど半年ということであった。
ちょうどその時に、
「本部で、デザインを賄ってもらえる人を誰かいないか?」
という話になったという。
しかも、デザイン関係の仕事というところは、今までにはなく、
「新規部署」
ということだったので、
「若い人材がいい」
ということで、その白羽の矢が、松島に当たったのだった。
そもそも、
「デザインの経験はないんですが」
ということであったが、どうやら、
「営業とデザインを天秤に架けた時、現場の仕事よりも、センスを必要とするという意味で、松島君がいい」
ということのなったという。
最初は、
「何をどうしていいのか分からない」
ということであったが、先輩に教えられ、
「見よう見まね」
ということでやってみると、存外思ったよりも、まわりの評価は高かったのであった。
本人も、
「今までは、自分の誇れるものは何もない」
と思っていたということであったが、
「やってみれば、何とかなった」
というよりも、上司に、
「舌を巻かせる」
というくらいにこなせるということであるのだから、
「会社としても、してやったりだ」
と思うだろうし、本人としても、
「これが、自分の実力だ」
というくらいに、感じたことだろう。
この頃から、
「自惚れというのは決して悪いことではない」
と感じるようになった。
確かに、自惚れて、自信過剰になることで、
「自分を見逃してしまう」
ということになってはいけないだろう。
しかし、
「自惚れるくらいがちょうどいい」
という先輩がいて、その人が自分の、
「デザインの先生」
ということだったのは、それまでの
「免罪符」
というものを優先順位の上位と考えていたということから思えば、
「この時も、人生の分岐点の一つだったに違いない」



