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いたちごっこの光と影

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 もし、そこでナイフを抜き取っていれば、一気に血が噴き出して、あたりは、
「血の海」
 ということであろう。
 犯人にとって、それは都合の悪いことで、なんといっても、
「大量の返り血を浴びてしまう」
 ということである。
 ただ、凶器をそのままにしておくというリスクも考えられる。
 それでも、返り血を浴びるというのは致命的で、すぐに警察に通報され、事件が明るみに出れば、当然、
「非常線」
 というものが貼られ、着替えたとしても、どこかに、返り血を浴びた服を持っているか、処分するかしかないが、処分するとなると、そこから足がつかないとも限らないと考えると、
「簡単にどこかに捨てる」
 などということができるはずもないだろう。
 そんなことを考えると、
「犯人が、この人気のないところで殺人を行った」
 というのは、
「少しでも、犯行が露呈するまでに、時間を稼ぎたい」
 という思いがあったのかも知れない。
 ただ、そうなると、
「ここの電気がついていた」
 というのは納得できないが、逆に普段からついていたということであれば、消す方がかえっておかしい。
 そうなると、今度の事件で、
「ずっと電気をつけていた」
 というのは、犯人の犯罪計画にあるものということで、
「少しでも明るい状態での犯行でなければ成功しない」
 と考えたのではないかと思えば、
「普通にいろいろな角度から考えても、この事件は、計画的な犯行ではないか?」
 と思って間違いないと思うのだった。
 警察がどのように諸相捜査で感じるかということは分からないが、この時の刑事としても、
「この事件は、計画的な犯行だ」
 ということに確信を持っているようだった。
 それは、
「明かりがついていた」
 という一つの事実だけで、容易に想像できるものだといえるのではないだろうか?
 鑑識の捜査で、一つ気になるという話があったのは、
「はっきりと、ここが犯行現場だと言い切れない」
 ということであった。
 確かに、
「この現状が犯行現場だ」
 といってもいいのだが、何か、他で殺された可能性も否定できないという曖昧な感じがあることで、
「鑑識としては、ここが現状だとはいいにくい」
 ということであった。
 その一つの疑問ということで、鑑識がいうには、
「タイヤ痕と、下足痕」
 ということであった。
「車がこの現状にあったのは間違いないと思われます。そこいタイヤ痕が新しい形でありますからね。少なくとも、ごく最近のものだと思われます」
 というので、
「どうしてわかる?」
 というと、
「昨日までは完全に晴れていて、それまでであれば、タイヤ痕というものは、よほど気を付けないと分からないかも知れませんが、ここに残っているものは、ちょっと見れば鑑識でなくとも分かるものだと言えます。つまり、雨が降ったのが、昨日の昼間から夕方にかけて。その時、ここはある程度粘土質の土ですので、雨に濡れれば、すぐにべとべとになって、タイヤ痕が残りやすいということになります」
 ということであった。
「なるほど、それは納得ができる」
 と刑事がいうと、
「だから、少なくとも昨日のタイヤ痕だということにあると思うんですが、ここは、廃工場なので、最初からここに車はあったのかも知れないですよね。機械が残っていることから、持ち出すためにですね。きっと、廃車寸前の車だったのかも知れません。ただ、気になるのは、そうではなく、車は、ここにあったものではなく、今日来て、今日帰ったものだと思われます。それが、タイヤ痕で分かるんですよ」
 と鑑識がいう。
「じゃあ、死体をここに運んだということかな?」
 と刑事がいうので
「そうかも知れないと思うんです。下足痕と確認すると、バックで車を入れた場合、運転席から出て、トランクを開けてから、死体の場所なで運ばれています」
 というのっで、
「ちょっと待った。死体を運び込んだということは、一人ではないということになるのかな?」
「そうですね、二人というのが妥当なところでしょう。大の大人であってお、一人でここまで運ぶのは結構きついですからね。でも、火事場のくそ力ともいいますから、やろうと思えばできないわけはない。ただ、その場合、死体を引きずるということになり、すぐに、ここが犯行現場ではないということが分かってしまう。実際に、今の科学捜査では、それくらいのことは簡単に判明するので、それを犯人が分かっていたかどうかということが、事件にどんな影響があるかということでしょうね」
 と、鑑識は言った。
 まるで。刑事のような推理であったが、刑事はあえて、そのことには触れず、鑑識官の考え方を聞いていた。
 それこそ、
「鑑識の推理というものを、お手並み拝見」
 とでもいいたいくらいではないだろうか?
 それを考えると、水谷も、推理に関しては、それなりに好きだと思っているので、ついつい想像してしまうのであった。
 というのも、
「鑑識の推理」
 というものを聞きながら、
「俺には俺の推理」
 ということであるが、どうしても、
「鑑識推理を下に考えてしまう」 
 という、先入観があるので、それに沿った形で、しかも、
「反論」
 というのが浮かんできた。
「なるほど、死体を動かした」
 ということで考えれば、まず考えなければいけないのは、
「死体を動かすことで、犯人にどんなメリットがある」
 というのかである。
 そもそもの殺害現場は、
「人目に付きやすい場所なのか?」
 あるいは、
「つきにくいとことなのか?」
 ということで別れてくる。
 普通、
「死体を移動させた」
 ということから考えられる推理とすれば、
「アリバイトリック」
 というものが考えられる。
 実際の現状であれば、殺害は不可能だが、たとえば、
「犯罪を犯してから、別の場所に犯人自身が移動させた」
 ということあれば、共犯を使えば、
「動機を持った主犯の人間」
 というものが、
「死亡推定時刻にどこにいたか?」
 と考えれば、
「もし、動かしていないのであれば、死亡推定時刻に、死体発見場所に来れるかどうかというところで、アリバイがあるか?」
 ということになるので、
 その時に、発見現状に来れないということであれば、
「立派なアリバイ」
 ということになる。
 しかし、これも、ミステリーでは、ポピュラーなトリックということで、
「簡単にバレる可能性はある」
 ということであるが、そこに、別のトリックを組み合わせることで、逆に、
「そんな古臭いトリックはありえない」
 という一種の、
「叙述トリック」
 ということで考えられるといってもいいだろう。
 まるで、マジックのようではないか、
「何かをしているのが右手であれば、観客の目は絶対にそっちに向いている。その隙に反対の手で、トリックをかましているとすれば、なかなか見つかるものではない」
 しかも、
「それが、稀代の魔術師といわれるほどのプロということであれば、たとえ、左手に注目していたとしても、そのトリックを容易に看破することはできないだろう」
 つまりは、
「マジシャンであれば、二重三重にまでも、トリックを張り巡らされている」
 ということで、
作品名:いたちごっこの光と影 作家名:森本晃次