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いたちごっこの光と影

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 これが今回の事件の
「肝と呼ばれる部分」
 なのではないかと樋口刑事は考えるのであった。
 ただ、彼は途中から、完全に影に徹することで、もう一つの一面を見ることができなくなった。
「なぜなんだ?」
 と考えた時、ピンときたのが、
「なるほど、
「過去にさかのぼる」
 という警察の一辺倒の捜査では、一生行きつくことのできないところにはまり込んでしまうのではないか?
 という考えであった。
 それはあくまでも、
「警察に捜査される」
 ということを前提に考えることであって、そこまで組であったり、やつが考えていたとすれば、
「この時点で、警察は敵わないかも知れない」
 と感じてしまうことになるだろう。
 しかし、それを、逆に、
「時系列での捜査」
 ということであれば、相手の二面性を掴みうことができる。
 相手は。
「交わることのない平行線」
 というものを描こうと画策しているのだろう。
 だから、
「裏の部分」
 というものを知られても、やつらとすればびくともしない。
 なぜなら、
「肉を切らせて骨を断つ」
 というような、ある意味、
「捨て身の戦法」
 というものを考えているといってもいいだろう。
 それが、樋口刑事の考えかたであり、それは、
「今回の事件で初めてやってみた」
 ということではなく、
「今までにも何度も同じことをして、犯人側の裏の裏をかいてきた」
 といってもいいだろう。
 樋口刑事というのは、そういう部分に天才的な発想を持っているのだが、もちろん、
「もって生まれた」
 という部分もあるだろうが、それだけではなく、
「桜井警部補と一緒に行動している」
 ということで、実についたものだといってもいいだろう。
 もっといえば、
「桜井警部補は、門倉警部を見ていて身についた」
 ということで、彼らは皆。
「先輩の背中を見て、その極意を修得した」
 といってもいいだろう。
 その中でも、樋口刑事というのは、秀逸で、
「もって生まれた感性」
 というものがあったということであった。
 桜井警部補もそれをよく分かっていて、最初の頃から、門倉警部には、
「今度、骨のあるやつが入ってきました。ご期待ください」
 ということを進言していたのだ。
 それを思えば。
「今回の事件の画策というのは、上としても、願ったり叶ったりということで、最初から、樋口刑事に任せる」
 というつもりでいたのだ。
 それこそ、
「ツーカーの仲」
 しっかりと証拠まで持ってきてくれると期待したのであった。
 問題は、
「なぜ、今回。そんな組織としては、影の存在として重宝できる片桐が消されなければいけない」
 ということなのかであった。
「組織に消された」
 という考えが最初に浮かんでくるということで、
「調べが進めば、片桐の存在が、組にとって重要だ」
 と分かるだろうから、
「組の可能性は低い」
 と考えるだろう。
 ただ、樋口刑事とすれば、
「自分と片桐は、立場こそ違え、影の役割を担うということで似てはいる」
 しかし、同じ役割でも、
「命令するところが違うと、まったく別の見え方ができる」
 というものだ。
 組織とすれば、
「結局構成員は、捨て駒だ」
 と思っていることであろう。
 それこそ、
「鉄砲玉」
 という認識で、
「やくざというものは、人ではなく組織」
 ということである。
 ただ、それは警察にも言えることで、表向きは、
「市民の生命と安全を守る」
 ということがモットーであるが、絶対なのは、
「警察という組織の安定」
 ということである。
 そのためには、
「警察官の犠牲もやむなし」
 と考えているのが、キャリアではないだろうか?
 少なくとも警察には、
「キャリア組」
 と、
「ノンキャリア組」
 という、
「二つの人種が存在する」
 といってもいいだろう。
 それこそが、
「警察の闇」
 というものの一つだといえるだろう。
 樋口刑事は、今回の犯罪を、
「本当に動機が必要な犯罪だったのか?」
 ということを考えていた。
 殺害された被害者が、
「裏の実力者」
 ということで、立場が違うだけで同じ立場だと最初は感じた。
 確かにそうなので、
「俺なら分かるのではないか?」
 と思ったが、捜査をしていくうちに、今度は却って分からなくなったのである。
 しかも、その分からなくなったという考えかたとして、
「やはり、組織が違うからか?」
 と思ったことで、今度は、それまで見ていた。
「組組織」
 というものから、今度は自分が仕えている、
「警察組織」
 というものに眼を向けることにしたのだ。
 そうなると、
「警察組織」
 というものが、本当は
「縦割り」
 さらには、
「縄張り意識」
 などという
「横割り」
 という考えかたが出てきたと考えると、
「建前だけ違って。実際には、似たり寄ったりの世界ではないか?」
 と考えるようになった。
 逆にその考えから、
「組織を守るのが構成員であったり、警察署員の役割だ」
 ということを考えれば、
「そのような組織であっても、守るという使命であれば、その理念やすべきことというのは、どちらにしても同じこと」
 といえるのではないだろうか。
 それでも、
「組織の考えていることが分からない」
 ということになると、そこに、
「相手のことを思っていると、自分の方がおろそかになる」
 という、いわゆる、
「二兎を追う者は一兎をも得ず」
 というような、ことになるだろう。
 昔の人は、
「聖徳太子は、一度に10人の人の話を聞くことができた」
 という逸話から、
「スーパースターとしても、聖徳太子」
 というものを作ろうとしたが、それが、一種の
「教祖的立場」
 というものであり、
「カリスマ」
 というものであろう。
 昔から、
「カリスマ性には定評がある」
 と言われた片桐とでは、どうしても、臆してしまうという樋口刑事の考えも分からないでもないといっていいだろう。
 樋口刑事は、それでも、
「片桐の気持ちを分かりたい」
 ということで、
「裏と面」
 という発想っから、今度は、
「組と警察」
 というものに当てはめてみることにしたのだ。
 ただ、どうしても、
「裏と面を一時に見ることはできない」
 ということになる。
 それこそ、
「太陽と月は、天体では共存しない」
 ということであった。

                 大団円

 ただ、その発想を、実は別の意味で考えてみた」
 というのだが、
「これが、前述に感じたこと」
 ということで。
「月が出ている間。太陽は絶対に表に出ない」
 しかし、
「太陽が出ている時、かすかでも月を見ることができる」
 ということであった。
 つまりは、
「月と太陽は、同じように照らすという意味で、正反対の世界で輝いている」
 ということであるが、その力の差は歴然としている。
 つまり、何事においても、中心は太陽だということであった。
 それを考えると、この事件において、
「月と警察が似たようなものだ」
 と考えたとすれば、
「月が出ている間、太陽を見るのではなく。太陽が出ている間に月が見えるだけだ」
 ということで、
作品名:いたちごっこの光と影 作家名:森本晃次