いたちごっこの光と影
「こん犯罪のデパートのような男に、殺意を感じている人が3人しかいないのか?」
ということで、疑問に感じるという人も多いだろう。
しかし、やつは、
「犯罪数こそ多いが、そのほとんどは、殺人罪のような重たいものではない」
ということで、
「こんな男を殺したとしても、犯人とすれば、自分の方が損だ」
ということになるのではないだろうか。
それを考えると、
「やはり3人というのは妥当か?」
ということであった。
ただ、実際にやつが犯した犯罪のせいで、いわゆる、
「二次被害を被った人がいるかも知れない」
ということであるが、さすがに、今の時点で、そこまで範囲を広げるとなると、
「時間的にも、人間の手配」
ということでもかなり大掛かりなものになるということで、
「さすがに。そこまではできない」
ということであった。
とりあえず、その三人を当たることにした。
しかし、実際には、
「一人は海外赴任」
ということで、日本にはいないし、帰国した形跡もないということであった。
もう一人は
「犯行時刻に、防犯カメラにうつる場所にいた」
ということで、もし、犯行現場があの場所だということであれば、
「アリバイ成立」
ということになる。
そういう意味ではグレーであった。
さらにもう一人というのは、大学教授であり、その時間帯には、
「かなり離れた土地で、講演を行っていた」
というアリバイがあった。
彼の場合は、車どころか、免許も持っていないということで、
「もし、他で犯行を犯し。その死体を運んだ」
という、
「犯行現場が別」
ということであっても、アリバイはある程度成立したといってもいいだろう。
もちろん、共犯がいれば別ということであるが、少なくとも、
「直接の実行犯ではない」
ということだ。
もし、タクシーを使ったとしても、車に死体を積んで、発見現場に運ぶというのは、不可能だということだからである。
となると、
「もし、犯人がこの中にいる」
ということになると、決定的なのは、
「犯行現場が別だった」
ということであろう。
さらに、
「犯人は意図して、アリバイを作ったということであるが、そのためには、共犯が必要だ」
ということだ。
つまりは、防犯カメラにうつっていた男が一番怪しいということになるが、問題は、
「彼を犯人とした時、共犯になる人間が本当にいるのだろうか?」
ということであった。
もちろん、それを捜索するのは大切だが、
「この男の犯行」
ということであれば、
「もし、自分が彼の立場だったら?」
ということで、その犯行手口というものを、
「容疑者の目線」
というものから、いかに考えるか?
ということであった。
これが、
「小説を書く時のプロットを考える」
というものであれば、
「最初は、まったく想像もつかない内容であっても、何か一つの閃きがあれば、そこからいろいろな発想が出てきて、それを結びつけることで、一つの大きな物語になる」
ということであった。
一つの発想から、二つ目が出てくると、
「その先の延長線上」
ということで考えるか、それとも、
「二つを結んだ線の中にあること」
として考えるかということである。
まだ、点が二つしかない場合は、
「表か中か?」
という二種類しかない。
それが。少しずつ広がっていくと、そこに歪んだ発想が生まれてくるようになり、それが、
「カーブを描く」
ということで、まるで、
「最短距離を描く」
という発想が生まれてくるというものである。
それが、
「ミステリー小説を考える」
つまり。
「プロットを書く」
ということであろう。
ただ、プロットの段階では、あくまでも、
「大まかな内容」
ということで、本文を書き始めると、どんどん発想が膨れることで、幅が広がってくる。
そうなると、もし、
「プロットの段階で、ある程度完璧にものにしてしまうと、書いている時にいいアイデアが浮かんできても、それを組み込むことはできなくなってしまう」
そうなると、
「本来の発想を生かすと考えるあまり、新しい発想を書けないとすれば、それが引っかかってしまい、本来の作品とは少し違ったものになる」
ということもあるだろう。
だから、
「一つの作品を完成させる」
ということであれば、最初から、完璧ということいしてしまうと、
「完成におぼつかない」
ということもあるだろう。
完成前に、挫折」
ということになったり、
「収拾がつかなくなってしまい、途中で頓挫する」
ということになったり、あるいは、
「頓挫するのがいやで、自分から、壊してしまう」
つまりは、
「納得のいかないところで終止符を打つという完結編を作ってしまう」
ということになるだろう。
確かに、
「小説というものは、納得がいかなくても、書き始めれば最後まで書く」
というのも一つであるが、
「プロというものになればなるほど、自分に妥協は許さない」
ということになり、
「納得のいかないものは、妥協を許さない」
ということになってしまうだろう。
刑事の中にも、
「同じような発想」
の人がいて、彼も、学生時代、
「ミステリー小説を書いていた」
ということであった。
ただ、
「ミステリーを書いていたから、刑事になった」
というわけでもなく、
「勧善懲悪の精神から」
というわけでもない。
「それをいうのはおこがましい」
といって、正直誰にも言わないのだったが、さすがに、
「警察官にしか受からなかった」
という理由でもないようだ。
それが、
「F警察署の樋口」
という刑事で、今はベテランとなっていたが、昇進試験にも興味がないようで、いまだに、中年に差し掛かってきたのに、いまだに、
「巡査部長」
という階級だ、
「別に警部補になりたいなんて思わない」
ということで、
「老練刑事」
の立場から、いつも事件を見ていて、最後には、
「ちゃっかり事件を解決に導いた」
ということが、最近は増えてきた。
「そろそろ警部補になってもいいのに」
と、警部クラスの人は思っているようだが、本人は、
「どこ吹く風」
ということのようだった。
今回の事件において、警察の捜査は、暗礁に乗り上げていた。
なんといっても、捜査線上に浮かんだ人たち全員に、
「アリバイが成立してしまった」
ということである。
そうなると、警察は何かを考えるか? そこは、
「通り魔的な犯罪」
というのも、視野に入れて考えることになるだろう。
光と影
せっかく、下足痕やタイヤ痕というものを発見していきながら、計画的な犯罪を立証できる証拠が出てこないどころか、動機を持った人間と思われる連中は、皆、アリバイが成立してしまったのだ。
こうなると、
「事件を頭から見ていくしかない」
ということになり、
「再度、現場を見に行く」
ということも必要になる。
通り魔的な犯罪ということで。どこか、
「耽美主義的な犯行」
というのが頭をよぎる。
作品名:いたちごっこの光と影 作家名:森本晃次



