分裂犯罪
「目標を失ったのに、目標をまた持たなければいけない人生を選ぶしかない今の自分というもの」
それが、この先に待っているものだと考えると、これ以上苦しい人生はないとおもうことであろう。
そこまでいくと、さすがに辛いが、詐欺集団というのは、
「出版業界のグレーな部分」
というものに目を付けた。
時代とすれば、
「バブル崩壊から、少し落ち着いてきた時代」
ということで、バブル期のような、
「24時間戦えますか?」
という、モーレツ社員などといわれた時代ではない。
あの頃と違い、会社も、
「給料は出せない」
ということから、事業拡大も慎重になっていることから、
「堅い商売」
ということになるだろう。
だから、正社員以外の、
「非正規雇用」
として、派遣社員などには、誰にでもできる仕事を任せることにして、正社員には、
「その責任と指導を担ってもらう」
ということで、責任としては大きいが、会社での拘束時間は、ある程度決まっているのであった。
そんな、
「ストレスばかりが残る仕事」
というものをしていると、自分の時間をいかに使うかということが、問題となってくるだろう。
ストレス発散ということがまずは最優先ということになる。
そのために、
「趣味に走る」
という人が増えて、前述のように、
「カネがかからない趣味」
ということで、それまでは、あまり注目されなかった趣味であるが、バブル崩壊の混乱が、少し収まってきて、精神的に余裕もできてきた人たちには、
「お金のかからない趣味」
というのは、重宝され、注目されるということだったのだろう。
しかし、
「小説を書く」
ということに抵抗がある人も結構いる。
「プロになる」
ということを目指す人は結構いるだろうが、心の中で、
「そんなことできるわけはない」
とあきらめている人もほとんどだろう。
しかし、
「小説を書いている」
ということで、高尚な趣味ということになり、出会いやまわりからの目が変わってくることを望むという人もいるに違いない。
そういう意味で、昔ほどのハードルの高い趣味ではないということになるのだろうが、そこで詐欺連中が目を付けたのが、
「プロ作家になるための、もう一つの道」
というものであった。
「新人賞に合格しても、なかなか目が出ない」
あるいは、
「持ち込みなど、ゴミ箱にポイで終わり」
ということだ。
そこで、彼らが考えたのは、
「何が、小説家になるための一番のネックになっていることなのか?」
ということである。
その一つが、
「透明性のなさ」
ということであろう。
その一番の考え方として言えることは、
「誰も評価をしてくれない」
ということである。
その評価というのは、
「合否」
というだけのことではなく、
「何がよくて何が悪いのか?」
という作品に対しての評価である。
せめて、
「不合格でも、どのレベルなのか?」
つまりは、
「合格点が、70点以上だとすれば、69点なのか? それとも、30点くらいなのか?」
ということを、説明文をつけて示してくれれば、自分でも納得がいくだろう。
もし、
「69点だというのであれば、もう少し頑張ればという励みになるし、30点だとしても、悪いところが分かれば、そこを重点的に分析して、全体を見直す」
ということも考えられるというものだ。
あくまでも、
「選考内容に関しては、お答えできません」
というだけでは、納得がいくわけもない。
もちろん、それはそうだろう。
最終選考に残らないと、プロ作家の目には留まらないのだから、そこまでの批評などというのを、いちいちかけるわけもない。それまでに審査する人も、いちいち文章に残しているわけではないだろうからである。
そこで、詐欺出版社が考えたのは、原稿を送ってくれた人に対して、批評をしてあげるということであった。それにより、送付してきた人に、まずは、信頼してもらえる基礎ができるということだからだ。
それこそ、
「営業の極意」
といってもいいのではないだろうか?
「営業というものは、最初の数回は営業活動をせずに、まずは、自分を知ってもらうことから始める」
というではないか。
「まずは人間関係」
というところから始まるということである。
だから、原稿を送ってもらうためには、宣伝というものが必要だというこおとで、新聞、雑誌、さらには、電車の中づり広告などに、大々的に原稿募集の宣伝をうつということである。
「原稿をお送りください」
であったり、
「本を出しませんか?」
という内容で書いておけば、少なくとも、趣味で小説を書いている人や、密かに、プロ作家を目指しているという人の目には、飛び込んでくることだろう。
内容を見てみると、
「あなたの原稿をこちらで評価し、ランク付けをして、出版に対してのアドバイスをします」
と書いてあるではないか。
それを見て、少なくとも興味を持った人は
「原稿を送ってみよう」
ということになるだろう。
出版社の方では、それまでに、スタッフは揃えていることだろう。
たくさんの小説家が、原稿を送ってくると踏んでいるからだ。
そのスタッフの中には、
「元出版社」
という人も多いかもしれない。
バブル崩壊によって、リストラされた人もたくさんいるだろう。
ただ、それ以上に、巷に溢れていた、
「小説家志望で、小説家になりかかった人たち」
というのが多いのかもしれない。
「新人賞に入賞し、次回作を期待されたが、結局できなかった」
という、いわゆる、
「中途半端なプロ作家」
という人たちではないだろうか?
彼らは、一種の、
「浪人たち」
といってもいいかもしれない。
鳴かず飛ばずの状態で、
「バイトで食いつないでいる」
という人たちからすれば、
「人の原稿を読んで、評価をし、さらに、その人たちに、本を出させるお手伝いをする」
という仕事である。
「適任ということであれば、彼らほど適任はいないだろう」
といえるが、そもそも、
「作家になりたい」
と切望していた人たちなのだ。プライドがゆるかどうか、それが大きな問題といってもいいだろう。
だが、
「背に腹は変えられない」
ということと、
「ここが、詐欺であるということをわかっている」
ということから、自分の立場や今の状況から考えて、
「皆一つ穴のムジナにしてやろう」
という気持ちがあれば、できないことではない。
当然、仕事は忙しいだろうが、それだけの金ももらえるだろう。
さらに、忙しい方が、罪の意識もなくていいかもしれないともいえることが、こんな役割でもしようという人が集まってくるという気持ちが、心の中の根底にあるのかもしれない。
そして、実際に、かなりの数の原稿が寄せられてくる。
「こんなにもたくさんの、作家志望者がいるというのか?」
というほどのようで、実際に、寄せられた原稿の批評を書いて、送り返すようになった。
送り返してもらった方とすれば、
「半信半疑だったけど、本当に、送り返してきてるよ」
とばかりに中を見ると、案外ときちっとした様式になっている。



