多重推理
これは、彼女と同じで、
「謎解きなどを趣味として、いろいろと頭を回転させてきた自分だからこそ分かるのだ」
というもので、
「やはり、彼女の仇を取ることができるとすれば、それは、俺以外にいないのではないか?」
ということであった。
だが、
「犯人側もそれなりに考えている」
と思えば、
「相手にとって不足なし」
と考えるようになった。
いつの間にか、
「憎き犯人」
というものが、
「好敵手」
ということで、立ちはだかってきたと考えるのであった。
これも、おかしな心境であり、だからこそ、
「祖母のあきらめの境地に至る」
ということを、非難はできないし、
「それも当たり前の心境だ」
と考えるようになった。
今では、30歳を過ぎた年齢になったが、若かったころは、
「そんな考えなど持つわけはない」
ということで、それこそ、
「猪突猛進」
突き進めば、
「まわりを見る余裕などない」
というくらいだったに違いない。
それを思えば。
「この5年前の事件」
というものを、
「この供養の後から、俺が解決してみせよう」
と思うのであった。
もちろん、この5年間というもの、
「まったく事件のことを考えていなかった」
というわけではない。
むしろ、
「一日たりとも忘れたことはない」
ということで、頭を絶えず巡らせていた。
ただ、実際に現場を見たわけでもない。
しかも、時間として目撃者がいるわけもない。
いたとすれば、警察がとっくに聴取して、捜査が進んだはずである。
しかし、
「警察の捜査というのも、実はそれほどうまく進んでいない」
ということのようだった。
実はこの事件を気にしていた、
「事件記者」
というのがいて。その記者を
「偶然」
というか、
「いろいろ探っているうちに、そういう記者がいる」
ということを、彼は突き止めたのだ。
だが、その記者と仲良くなり、自分の素性を明かしたうえで、
「話せる範囲でしかないが」
ということで話をしてもらったが、彼がいうには、
「どこかに壁があって、そこから先は見えない」
ということであった。
これは、彼がこれまで単独で調べたことでも同じことであったことから、その新ぴゅお性というものは、
「疑いようがない」
ということであった。
ただ、記者は、一つ気になることを言っていたのだが、
「犯人に関しては特定できるまでは言っていないので何ともいえないのだが、どうもこの事件、幹部の方でかん口令というか、極秘になってしまっていることで、警察内部でも、調べようがないらしい」
ということであった。
この記者には、自分なりの、
「捜査網」
のようなものがあり、警察内部にもあるということなので、少々のことは分かるということであったが、
「ここまで分からないということは、警察内部で、組織ぐるみの、何かの隠蔽のようなものがあるのではないか?」
と考えているようだった。
それが、今回の事件において、
「闇の部分」
といってもいいだろう。
「ひょっとすると、祖母もそのことに気づいたから、あきらめの境地に至ったのかも知れない」
と感じた。
実際に、祖母も、彼が事件を独自に探っているのを知っていて、お互いに、
「時々、意見交換をしていた」
ということであった。
しかし、途中から、
「私は降りる」
という、祖母の口から、
「信じられない言葉が出た」
というのは、
「これ以上は危険を伴う」
というような、ハッキリとではないが、そんな言い回しをしていた。
表向きはもちろん、
「諦めが肝心」
としか言っていないので、誰も祖母の真意を分かる人はいない。
もし分かるとすれば、
「彼と、新聞記者の男」
くらいではないだろうか。
それを考えると、
「この事件は、追いかけない方がいいかも知れない」
と、少しではあったが、考えるようになったことを、やっと5年経って、考えるようになったのであった。
死体発見
この事件が起こったのは、今から数か月前のことで、
「ちょうど、季節は、梅雨が終わった時期」
ということであった。
「ついこの間まで、寒かったような気がしたのに、すでに季節は夏だ」
と感じるようになったのは、早朝から、
「蝉の声が響き渡って、朝日の日差しが、必要以上に暑く感じさせる」
と思うようになったからである。
季節とすれば、
「まだ、夏に入ったばかり」
ということで、ついこの間まで、
「線状降水帯の発生に注意」
と言われた、
「異常気象の象徴」
といってもいい、
「梅雨の終わり頃恒例の、集中豪雨」
というものが、日本列島を覆っていた時期ということであった。
この時期になると、
「集中豪雨」
が終わると、暑さは一気に増してきて。
「今年最高気温を記録した」
といっても、
「30度を上回るかどうか」
という程度だったのに、
「梅雨明け」
の声を聴くか聞かないかといっている状況においては、
「最高気温が35度」
という、すでに、
「猛暑日」
という日が出てくるということになる。
実際には、それまでの梅雨でじめじめした蒸し暑さというのはあったが、真夏の猛暑というわけではなかったので、
「身体が慣れていない」
ということから、
「いわゆる、熱中症」
というものが、猛威を振るうということになるだろう。
「最近、救急車の音が頻繁だ」
ということであれば、それは、ほとんどは、熱中症で運ばれているといってもいいだろう。
これが、
「8月に入ると、毎日のように、熱中症アラート」
というものが発表され、それこそ、
「30年前くらいまでは聞いたことがなかった、猛暑日」
という言葉が今は当たり前となるのだった。
「35度なんて、普通で、今は、体温を超えるという、健康を害する暑さ」
と言われている。
「体温よりも暑い」
ということは、
「風が吹けば、暑さが増す」
というもので、それこそ、
「熱湯温泉の中で、水をかき回すのと同じ効果だ」
といえるのではないだろうか。
なんといっても、少し前までは、
「地球温暖化」
などと言われていたが、今ではまた違う言われ方をしている。
というのが、
「地球沸騰化」
ということであり、そのうちに、
「水面が沸騰してくるようになるのではないか?」
と思われる。
今でこそ、
「健康を害する気温」
ということで、
「なるべく外出を控えるように」
というアラートが発表されているが、そのうちに、
「外出禁止令」
というものになるかも知れない。
それこそ、
「タンパク質が固まる」
といわれる、
「人間にとって致死といわれる体温よりも、高い気温になる」
ということであれば、
「直射日光に当たるというのは、死を意味する」
ということになるだろう。
「自分たちが生きている時代には大丈夫だろう」
と思われていたが、実際に、
「50年後どうなっているか?」
と言われてしまうと、それこそ、本当に、
「地球では人が住める環境ではない」
ということで、
「世界的なプロジェクト」
として、
「地球脱出計画」



