多重推理
と言わんばかりであり、
「こっちが、また騒ぎ立てたりすれば、さらに、世間を刺激して、面白おかしく書かれてしまう」
ということで、完全に、口を噤んでしまった。
さすがに、
「マスゴミの記事の影響」
ということで、世論の中には、
「気の毒な彼女」
ということで、いろいろ話題になった時期があったが、結局、マスゴミが騒がなくなると、それまで、いろいろ話していた人が何も言わなくなると、あっという間に、世間から忘れ去られ、
「人のうわさも七十五日」
ということになるのであった。
だから、
「世の中なんて、そんなもの」
と、特に、高齢者で、
「亀の甲より年の劫」
といってもいい人からすれば、
「黙っているのが正解だ」
ということであったのだ。
そのかわり、
「世間がすべてを忘れてしまえば、こういう事件は、どんどん出てくる」
といってもいいだろう。
確かに、
「これではいけない」
と今までなら思っていたかも知れない人たちも、
「世間というものの冷たさ」
というのを分かってみると、
「もう、私たちが世のため人のためなどと考えること自体がおこがましい」
と思うようになる。
「世間なんて、本当に冷たいもので、これが、時代の流れによるものなのか? それとも、元々そうだったのか?」
ということを考えると、
「私たちが知らないだけだったんだ」
と感じることで、
「年寄りの中に、世間と遠ざかろうと、わざと孤独になる人もいるが、その気持ちもわかる」
というものだ。
ただ、この祖母には、
「警察のやり方」
というものが分かっていたようだ、
というのは、
「最初は、わざわざ事件性が薄いものを事件として扱うのは忍びない」
と考えたことだろう。
犯人検挙に確実につながるのであれば、
「検挙率アップ」
ということになるのだろうが、曖昧であれば、
「何も事件にすることはない」
と考えるだろう。
上層部もそう考えるだろうし、当然、下もそうだ。
そうではあったが、これが、世論が騒ぎ出すと、そうもいかない。
そこで警察が考えたこととしては、
「のらりくらりの、適当な捜査」
を行い、
「しかたほうかもわからない」
という状態でやっていれば、もし、
「迷宮入りになった」
としても、
@事件発生から時間が経ちすぎている」
ということを理由に、いくらでも、責任逃れができるというものだ。
確かに、世間が、
「警察がもたもたしている」
とはいいはなら、ほとんどの世間は、
「警察は、何かが起きないと動かない」
ということを分かっているだけに、それを逆手に取れば、世論の攻撃から逃れられる」
とでも思ったのだろう。 それが、
「警察のやり方」
というもので、そして、
「まるで判で押したような捜査」
しかせず、
「絵に描いたような、幕引き」
ということで、おばあさんの想像通りだった。
だから、もうおばあさんとしても、
「警察に期待なんかしない」
ということで、
「諦めの境地」
ということに至ったのだ。
つまりは、
「自分にできるだけのことをしてダメだった」
ということを免罪符に、
「孫には悪いが、忘れるきっかけにさせてもらう」
ということしかできない自分を悔しがっていたが、結局は、
「忘れるしかない」
ということで、
「とりあえずの納得」
というものができたというだけで、本人とすれば、開き直れたということであろう。
ただ、この祖母と同じような思いを抱いていたのが、
「遠距離恋愛」
をしていた彼氏だった。
彼は表向きは、
「できるだけ早く忘れる」
という態度を回しに示していて、
「あいつ。本当に彼氏かよ」
という悪口をたたかれるくらいであった。
しかし、彼には、思惑があった。
「忘れたふりしてしまえば、ここから自分なりに動けるとすれば、一番動きやすいのではないか?」
ということであった。
つまりは、彼の中では、
「この事件は、一筋縄ではいかない」
という思いがあったのだ。
そもそも、
「ミステリーが好きで、謎解きなど、よく友達とやっていた」
ということで、それこそ、
「自殺した彼女」
とも、一緒によく謎解きなどをしたものだった。
「まさか、俺が、彼女の仇を討とうなどと思うなんてな」
ということで、
「もちろん、法律に違反する」
というようなことまでは考えていなかったが、
「事件に謎があるのであれば、それくらいの謎は解いてやるのが、彼女への供養だ」
ということで、
「彼女も俺と一緒に謎解きをするんだ」
と思えば、
「百人力」
という気持ちもあり、
「この事件の謎は、俺が解く」
とばかりに、張り切っていた。
今回の
「お参り」
というのは、ちょうど、この日が、
「彼女の自殺した日」
ということで、供養にきたのであった。
大方の事件の背景として、
「彼女が、車で連れ去られる」
というのは、ちょうど、この時間のバスから降りてすぐのことだったということで、この時間の、
「お参り」
ということになったのだ。
犯人の心当たりはハッキリ言ってない。
正直、
「彼女が狙われていた」
ということかも知れないが、暴行事件なのだから、
「顔見知りの犯行」
ということはないだろう。
もし、彼女が自殺をしなければ、いつ、自分が暴行犯だということでバレないとも限らない。
それを思えば、
「バレそうな相手を暴行する」
などということはないだろう。
きっと、どこかで偶然彼女を見て。
「ターゲット」
ということで、付け狙っていたということであろう。
この犯人が、
「常習犯なのかどうか?」
ということで、そのプロファイリングは変わってくるだろうが、
「異常性癖」
ということに変わりはないに違いないが、それよりも、
「知能犯」
といえるようなところがあるのかも知れない。
「ひょっとすると、犯人は未成年で、受験勉強のストレスか何かに押しつぶされての犯行ではないか?」
とも思えた。
結構そういう事例は多いという。
確かに、受験戦争ということで、
「かわいそう」
という人もいるかも知れないが、
「誰もが通る道」
なのだから、それを言い訳にすることは許されない。
だが、彼には、そんなつもりはサラサラない。
祖母と、最初の考えは同じだったが、
「決して、俺は忘れるようなことはしたくない。徹底的に調査して、納得いくだけではなく、勧善懲悪で突き進む」
ということであった。
だから、最後は、
「あきらめるための行動」
という、祖母のような免罪符を自分に課すというよおうなことはしないという考えであった。
ただ、そのおかげで、彼は、
「ある程度の真相に近づいた」
と自分で思っているのだが、実際には、
「そこから先がまったく見えてこない」
ということになるのであった。
それは、
「百里の道は九十九里を半ばとす」
という言葉もあるが、それとは少し違う気がするのだ。
「そこには、何らかの結界というものがあり、それは、人為的なものを感じる」
ということで、
「何かの策が弄されている」
ということだ。



