多重推理
というものも、実際に60歳まで正社員としてもらっていた給料の、
「半分近くにされる」
という理不尽な状態で、
「やる仕事は変わらない」
というところが多い。
へたをすれば、
「無理難題」
というものを押し付けて、社員に、自分から、
「辞めます」
と言わせようというひどいところも、結構あるということである。
それこそ、今の時代は、
「人生100年時代」
といわれるが、老後の仕事がそう簡単に見つかるというわけでもなく、だからこそ、
「60歳以上は、姥捨て山状態だ」
といわれるのである。
「何が人生100年時代だ」
ということで、
「100歳まで生きるとすれば、後半の40年は、地獄でしかない」
ということだ。
「昔だったら、楽隠居なのに」
ということで、
「老人ホームに入れられて、寂しい思いをする」
などと、昭和時代ではそういう問題があったが、今では、
「老人ホームにも入所できない」
ということで、
「老人ホームに入るなんて贅沢」
といわれる時代になってきたのであった。
そんな時代が、平成から今の令和につながってくるわけだが、この住宅地は、
「そろそろ20年」
ということで、ある程度、
「平穏な時代」
が続いていた。
しかし、実際には、世の中には、いろいろな問題が山積していて、特に、
「消えた年金問題」
であったり、
「世界的なパンデミック」
などという問題。
さらには、
「派遣切り」
などという問題であったり、
「地球破壊による自然災害」
という問題まで、多岐にわたっていて、実際には、
「どれも無視できるというものではない」
ということになるだろう。
逆にそれだけに、大きな問題ということで、
「時間が経つのが早い」
と感じるだろう。
これが若ければ若いほど、
「平穏」
と感じるのかも知れないが、ある程度年齢を重ねてくると、
「その時々の節目節目を感じさせる」
ということになるのだ。
だから、
「年を取るごとに、時間が経つのが早い」
といわれるのも、無理もないことだと考えられるのだ。
5年前の事件
ここで手を合わせている人物は、今から5年前に起こった事件で被害に遭った人をしのんでの、
「花を手向けている」
ということであった。
「どうしてこの時間にお参りなど」
ということ、そして、
「こんな場所で花を手向けるのはなぜ?」
と思われるであろうが、場所と時間で考えた時、最初に思い浮かぶ発想ということでは、
「交通事故の被害者遺族なのかな?」
ということになるのだろうが、実はそうではなかった。
実際に、
「この場所で事故が起こったとしても、死亡事故というのも考えにくい」
と考えるだろう。
坂道で、そこまで見通しが悪いわけでもなく、スピードを出す場所でもないいうことだったのだ。
それよりも、ガードレールの向こうが雑木林になっている方が気になるといってもいいのではないだろうか。
今では、このあたりも
「警らの重点地域」
ということになっていたが、当時は、
「そんなに注意をする場所」
ということでもなかった。
といえるだろう。
そもそも人通りも少ないということであったが、道はバス通りということで、自家用車も結構走っているということで、近くを通る車もあり、街灯も充実しているということで、却って、
「安全な場所だ」
と思われていたようだ。
しかし、それが盲点だったのだ。
というのは、
「痴漢多発」
という場所でもなく、そもそも、
「安全性はある」
と言われていて、もちろん、
「防犯カメラもある」
ということだったので、
「痴漢や暴漢などの抑止には十分だ」
と言われていた。
しかし、実際に、盲点があった。
というのも、
「暴行犯は、結構計画を入念に練っていたようで、防犯カメラに映りにくいという角度を計算し、顔が見えないようにして、しかも、車に連れ込んで走り去る」
ということをしたのだから、防犯カメラから犯人を追うということは無理だった。
実際には、暴行を終えた犯人が、被害者女性を、
「拉致した場所まで連れてきて、そこで放置する」
ということで、犯人を特定できるような手掛かりもなかったのだ。
結局、彼女は、それから数日してから、自殺をすることになるのだが、それまで、彼女の様子を、
「何か変だ」
と思っている人はいたが、
「まさか自殺なんて」
ということで、
「誰が、こんなことになるなど、想像できたのであろうか?」
ということであった。
それが5年前ということで、結局、彼女が自殺をしたことで、事件は、
「あくまでも、暴行された」
ということには間違いないということで、
「自殺した」
ということであったが、彼女には自殺をする理由というものが、まったくなく、しかも、
「遺書というものを書いていなかった」
ということも、
「不審な点」
ということであった。
「生前の彼女は几帳面で、自殺をするということであれば、遺書を残すのが当たり前ではないか?」
ということで、
「自殺とはいえ、その理由に犯罪が絡んでいるのではないか?」
ということで捜査されたのであった。
実際に、彼女には、
「遠距離恋愛」
というものをしている彼氏がいて、その彼が、
「自殺などおかしい」
といって、強く警察に訴えたのだった。
彼だけであれば、さすがに警察も訴えないだろうが、彼が訴え出たことで、他の人もたくさん名乗りを上げて、
「彼女に限って、そぶりも見せずに自殺をするなんて」
というのだ。
彼女は、
「結構顔に出る方だからな」
という友達の証言から、
「逆に誰にも言わなかったということは、それだけ深刻な悩みだったということになるのではないか?」
という訴えだったのだ。
実際に、家族や友人の主張に動かされる形で、捜査してみると、
「防犯カメラには、拉致するところが映っていた」
ということで、捜査が継続されたのだ。
しかし、実際には、
「犯人を特定することができない」
ということで迷宮入りになった。
実際に、
「それだったら、最初から事件性を問題になんかしなければよかった」
と、家族の中でも、そんなことを考えている人がいた。
その人は、自殺した彼女の祖母であり、
「解決できないのであれば、静かにしてあげればよかった。あの子を死んでから、晒し物になるというのは、おばあちゃんとしては耐えられない」
ということで、嘆き悲しんだのであった。
しかし、それが幸か不幸か、マスゴミに嵌ったようで、
「悲しき祖母の嘆き」
ということで、
「お涙頂戴」
の記事に利用されたのであった。
というのは、
「本来であれば、自分たちがこの事件を持ち上げたくせに、その責任転嫁を警察にしようというたくらみ」
があったのだろう。
「被害者家族の悲惨な思いをいかに考えるか?」
ということで、記事としては、いかにも、
「お涙頂戴」
ということで、
「さすが、文章のプロ」
という書き方をしているが、実際に被害者家族からすれば、
「出版社の本性は分かっている」



