多重推理
「被害者二人に接点がない」
ということで、
「合同捜査本部には、時期尚早」
ということであった。
今回の事件は、
「白昼堂々」
ということであった。
というのは、繁華街を抜けたところに、スクランブル交差点があるのだが、そこで信号待ちをしていた人の中の一人が急に苦しみだして、その場に倒れたということであった。
時間とすれば、夕方に近づいた、
「昼下がり」
ということであったが、実際に苦しみ出して、死に至るというまでに、
「少し時間が掛かった」
というのが、目撃者であったが、実際には、
「即効性の毒」
ということで、苦しみ出してから絶命するまで、それほどの時間はかからなかったというのが鑑識だった。
薬は即効性であるが、
「カプセルに入っていた」
ということであれば、すぐには服用後効いてこないということで、
「ある意味、時間差殺人のトリックではないか?」
ということであった。
実際に、目撃者は無数にいたわけで、その目をごまかすということはできるはずなどないのである。
もちろん、その場は、大パニックになった。
それこそ、
「無差別通り魔が現れたかのような悲鳴が起こったり、そこにいた人は皆、蜘蛛の子を散らすかのように、走り去るわけで、警察が呼ばれてから、しばらくの間は、
「付近は、通行禁止」
ということになったくらいだ。
もちろん、夕方のニュースのために、報道陣もたくさん集まってきていて、
「白昼の大事件」
ということで、旋律があったのは、当然であっただろう。
ただ、それも、その日だけのことで、翌朝には、
「何があった?」
と言わんばかりの状態で、
「いつもと同じ朝の喧騒」
というものであった。
もちろん、現場には、
「規制線」
というものが貼られていて。
「立ち入り禁止」
ということになっていて、そこには、数人が手向けたのか、花やお菓子が置かれていたのだ。
警察とすれば、その中に、
「犯人がいるかも知れない」
と思った人もいるようで、さらに、
「犯人は現場に戻ってくる」
ということを真剣に信じている捜査員は、朝のラッシュ時に、花を手向ける人を見ていくのであった。
もっとも、
「それだけで犯人だ」
と断定できるわけではなく、それよりも、被害者の身元から、
「動機のある人を探す」
ということがまず先決であった。
今回の事件の被害者というのは、なんと、
「新聞記者だった」
ということであった。
最初は誰か分からなかったが、夕方の報道番組の取材でやってきた人の中には、その記者のことを知っている人も数人いて、
「やつじゃないか?」
と言われたのだが、その男の名前は、
「赤坂」
という記者だったのだ。
彼は、社会部の記者で、そんなに無理な取材をする方ではないので、どちらかというと、
「目立たない」
という記者だった。
しかし、彼の行動は、記者の間でも、
「マナーがいい」
という意味で、知っている人が多かったのだ。
しかし、警察の方とすれば、
「自分たちに絡んできたり、逆らってくる」
というような記者であれば、覚えもあるが、
「実に目立たない」
という人であれば、
「別に、何もない」
ということで、
「現場で倒れていた被害者を誰も知らなかった」
ということであった。
そういう意味で、
「記者に顔が知れている」
ということから、刑事たちも、
「この記者は、無理な記事を書いたり、取材をする人ではないということなんだな」
と思われていたので、捜査を進めるうちに、
「なるほどな」
と感じてきたのであった。
実際に、聞き込みを行ってみると、
「被害者のことを悪くいう人はいなかった」
ということで、
「赤坂さんは、どちらかというと、日和見的なところがあって、人に逆らったりできないことから、記者としては、適正だったのか? というと不思議なところですね」
ということであったが、上司に聞くと、
「確かにそうなんですが、彼はあれで、いろいろ重宝するんですよ」
というのだった。
「どういうことですか?」
と聞くと、
「どうしても、偏った記事を書くことが多い新聞記者の中で、彼は珍しく、中立の記事を書くんですよ。明らかに悪いと思われる人でも、煽るようなことはなく、悪いのは悪いけど、その中で、擁護できるところを探って、何とかそこをクローズアップする記事を書くということに長けているんですよね」
ということであった。
そもそも、
「新聞記者というのは嫌われる」
ということであったが、彼の存在がある意味、
「中和剤」
のようなものとなることで、警察からも、その新聞は、嫌われることはなかったわけだった。
そのことは、警察でも、少々長くいる人は大体分けっているようで、
「初動捜査の段階」
ということで、彼を知っている人がいなかったというのは、無理もないことだったに違いない。
それを考えると、
「彼が被害者になるなんて」
ということで、不思議に思った捜査員も少なくはないだろう。
そういう意味では。
「K警察で起こったチンピラ殺人事件」
とは、被害者という意味だけでいけば、
「まったく関係のない事件」
という可能性が高いということであった。
そもそも、赤坂という男は、
「人から殺される」
というところがない人物だと思われた。
しかし、警察としては、
「どんな人間にだって、一人や二人、殺したいと思っている人はいるものだ」
と考えていた。
ただ、そうは思っても、証拠がなかったり、確証がなければ、警察は動けない。それが、
「せっかく捜査権などの国家権力がありながら、警察にはどうすることもできない」
ということになるのだろう。
赤坂は毒殺だった。馬場は刺殺されたことから、
「この二つは手口も違うので、犯人は別人。つまり、別々の事件」
ということになった。
それがどこまで正しいのか、実に難しいところであったが、警察の内部には、
「限りなく、連続殺人に近い」
と考える人もいたりしたのだ。
その刑事は、K警察署の、
「秋元刑事」
といい、彼は事件を、推理することが好きだった。
実際に、今まで自分の推理が結果的に当たっていたことも結構あり、最近では、同じ所轄の刑事からも、
「秋元刑事の推理には、それなりの信憑性がある」
といわれるようになっているのだった。
実際に、
「秋元刑事がそういうのであれば」
ということで、事件について、
「それが正しい」
と上も認めてくれるようになり、捜査会議などでも、
「秋元君の意見は?」
といわれるようになってきた。
あまりまわりに気を遣うことのない秋元刑事なので、
「ざっくばらんな意見」
というものを披露するのだが、それが却って捜査員全員を刺激するようで、それぞれの考え方も遠慮することなく出されるようになったことで、
「K警察においての、捜査会議は白熱する」
といわれるようになった。
そもそも、捜査会議というと、まずは、
「捜査内容の共有化」
というのが図られる。
なんといっても、警察の捜査は、
「事実を積み重ねて、真実を見つけ出す」



