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二階級特進

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 というのは、二人だけだった。
 一人は、
「身体の相性が抜群」
 という相手だった。
 正直、性格的に合うということはなく、
「考え方は、まったく違っているというわけではなかったのだが、歯車がかみ合っていない」
 ということであった。
 つまりは、
「性格的に違っているのであれば、性格が違うという思いが最初に出てくるのであり、歯車がかみ合っていないというのは、逆に、性格が近しい」
 ということになるのではないだろうか。
 そのあたりの理屈も、今村には分かっていたので、後は、
「かみ合わない歯車と、身体の相性の抜群さ」
 というものを、
「天秤に架ける」
 ということであった。
 すぐには、その答えが出るわけではなかったが、やはり、
「歯車がかみ合わない」
 というのは、時がたつにつれて、相手に対しての気持ちが分かってくるということになるので、
「長くは続けられない」
 と感じたことで、
「別れ」
 というものを決断したのだった。
 実は相手も、同じことを感じていたようで、
「あなたから言ってくれて助かったわ」
 というほど、相手もサバサバしていたという。
 だから、この時の別れは、
「お互いに遺恨を残す」
 というものではなく、
「あっさりとした別れ」
 というもので、その証拠に、
「それ以降も、仲のいい友達の一人」
 となったのだ。
 その中でも、
「相手の気持ちが手に取るように分かる」
 というような仲で、それまでの経緯を知らない人は、
「彼女と付き合っちゃえばいい」
 というくらいに見えるようだった。
「まさか、別れた相手だったとは」
 とは誰も思わないくらいの仲だったといってもいいだろう。
 その後付き合った女性は、今度は最初の彼女とは違って、
「考え方もしっくりくるし、歯車もきれいにかみ合っている。しかし、身体の相性がいまいちかな?」
 という相手であった。
 最初は、
「これが一番しっくりくるのかな?」
 と思った今村だったが、次第に、
「何かがおかしい」
 と感じるようになった。
 それが、
「彼女の身体に対しての、飽きというものだったのだ」
 これは、
「身体の相性がいまいちだ」
 と感じたことが、そう思わせるきっかけになったのかとも感じたが、それよりも、
「相手に飽きが来るというのは、当たり前のことだ」
 ということを、その時まだ気づいていなかったのだ。
 だから、
「身体の相性が合わないんだ」
 と勝手に思い込んだのであって、
「相性の合う、合わない」
 というのは、
「飽きが来る」
 ということとは無関係だといえるだろう。
 ただ、その因果関係というものに結びつけたくなるというのは、
「相手に飽きる」
 ということが、
「相手に対して失礼だ」
 と思うことで、それを自分の中で、別れることの免罪符としては使えないと感じることで、ジレンマを持たせ、そのことが、
「少しでも別れを遅くさせる」
 ということになるのだろうと感じた。
 別れが遅いということは、
「まわりに対しての対面的な感覚」
 ということで、
「だからこそ、免罪符が必要なんだ」
 と考えると、
「俺って。こんなに言い訳ばかりする人間だったのかな?」
 と思うようになり、それまでの、
「自惚れ」
 というものが、若干薄れてくる気がするのだ。
 そう、
「自分の信念が、世の中に通用しない」
 ということの実例となるのだと感じることであった。
 結局彼女とも別れたが、そこまでくると、
「身体の相性」
 というのは、恋愛ということでいえば、
「絶対的条件だ」
 といえるだろう。
 しかし、それを免罪符として使うのであれば、
「恋愛に対しての敗北だ」
 と感じさせることになるのだろう。
 就職してからは、
「女性に興味を持つ」
 ということはなかった。
 自分から、
「忙しさの中に身を置く」
 ということが、結構楽しかったりしたのだ。
 仕事に没頭するという毎日が、それまでの学生時代で、
「社会人の限界の見えない恐怖」
 というものに、少なからずの思い入れがあったことで、
「一心不乱に仕事をしていれば、限界がところどころで見えてくることで、いかに、その限界を自分でたくさん探すことができるか?」
 と考えると、
「その限界の先にあるものこそが、頂点なのだろう」
 と思ったからだった。
 実際に、新聞社にいる時も、
「限界の先」
 というものが見えた気がした。
 しかし、それが、
「頂点だ」
 ということまでいえるほどではなかった。
「それだけまだまだ奥の深さというものがあり、自分には、修行というものがもっと必要なんだ」
 ということだと感じたのであった。
 そんなことを考えていると、
「女性と別れる」
 ということを考えた時、
「免罪符は不可欠だ」
 と考えるようになった。
 そして、その免罪符というものを考えた時、
「身体の問題」
 というものから生まれるものだと思うようになり、それが、
「身体の相性」
 というものになるのか、それとも、
「相手の身体に飽きを感じる」
 ということになるのかということを考えた。
 それぞれは、
「相合わぬ関係」
 といってもいいのだろうが、見方によれば、
「それぞれで、見えてくるものが最初は違うが、次第に近づいてくるものだ」
 と考えられる。
 最初に
「見えてくるものが違う」
 と考えたのは、
「その出現タイミングが違う」
 ということで、
「生まれるタイミングが違う」
 ということから、
「それぞれの立場が、平等ではない」
 と考えたからだ。
「人間は生まれながらに平等だ」
 などという精神論があるが、実際には、
「そんなことはありえない」
 それこそ、
「神の力」
 というものをもってしても、平等にはならないだろう。
「不平等だからこそ、個人というものが存在し、尊重される」
 といってもいいかも知れない。
 考え方は少しおかしいかも知れないが、
「必要悪」
 というものの類ではないか?
 と考えられるのであった。
 今村記者と、坂巻記者は、お互いに惹かれあっているとはいえたのだろうが、お互いに、どこかに、
「警戒心」
 のようなものがあり、それが同じ方向に、同じ形であることから、まるで、
「磁石の同極が、反発しあうという作用」
 というものであるといえるのではないだろうか?
 しかし、時間が経てば、
「惹きあうものは引き合う」
 ということで、
「お互いに、意識的なのか、無意識なのか、惹きあうことになったのだ」
 結婚までは、さすがに考えなかった。
 その理由は、
「お互いに惹かれた理由が分からない」
 ということからだった。
 理屈は分かっても、理由は分からない。
 つまり、
「意識的だったのか、それとも、無意識だったのか?」
 ということであり、お互いに、
「それが分からない以上、結婚には踏み切れない」
 と思っていたのだ。
 それだけ、考え方も、相性も似通っていて、それだけに、
「反発しあう磁石の同極」
 というものを警戒していたといってもいいだろう。
 二人が知り合ってから、交際を始めるようになるまで、6年という歳月が過ぎた。
「結構長かったね」
作品名:二階級特進 作家名:森本晃次