一つしかない真実
ということであり、事件性を証明するものはなく、捜査本部も微妙なところでしかないのであった。
それを考えると、
「やはり、被害者の身辺調査が、さらに必要」
ということで、
「今度は、会社内の話」
ということになったのだ。
会社では、沢崎係長は、一口にいえば、
「可もなく不可もなく」
ということで、
「普段から無難な性格で、それこそ、目立つことはしないタイプ」
ということであった。
「さすがに経理畑の人間だ」
ということであったが、やはり、まわりからも、
「堅物に近い」
と思われているようだ。
酒を飲むこともないので、皆と飲み会に行くこともなかった。
最初は、
「社交辞令」
ということで誘われていたが、何度か、
「俺はいいや」
ということになると、それ以降は誘われるということはない。
確かに
「経理部の係長」
ということになれば、それくらいがちょうどいいのではないかということで、
「会社の人事は的確だった」
ということの証明を、沢崎係長はしていたのだ。
会社でも、何ら、殺害動機につながるものは出てこなかった。
調べれば調べるほど、
「さすが、経理係長」
という声を証明しているようで、そのうちに、
「殺人事件として捜査してはいるけど、実際のところ、ただのひき逃げだったんじゃないか?」
と感じる人も出てきた。
そもそも、
「ひき逃げ犯の行動が少し怪しい」
ということから、
「殺人事件の可能性もある」
ということで捜査されたのだが、
「被害者側に、何ら、殺されるだけの何もない」
ということであれば、
「どう考えればいいのか?」
ということになるだろう。
今回の事件において、
「会社側では、これ以上何かが出てくる気はしない」
と思わざるをえなかった。
ただ、一つ言えることとして、
「彼が、最近女性と付き合いだした」
ということを証言した人がいた。
その人は、あまり詳しくは言わなかったが、実は、
「沢崎はたぶらかされていたのではないか?」
と感じていたという。
そもそも、女性との付き合いに関しては、実にうぶな男である沢崎という男だったので、
「まわりに、付き合っていることを必死に隠そうとしていた」
ということであった。
ただ、友達であれば、
「すぐに気づく」
ということであるが、実際に、会社に友達らしい人はほとんどいないという沢崎なので、隠そうとしなくても、
「しょせん、誰も沢崎を気にする人あいなかった」
ということで、ただの、思い過ごしだったのだ。
ただ、少しは、
「自分がまわりに意識されていない」
という自覚があったのか、その証拠が、
「早出をする」
という時に、自分から周りに吹聴するということからも分かるというものであった。
それだけ、まわりから気にされることのない、それこそ、典型的な、
「目立たない、地味でおとなしいやつ」
ということになるのだろう。
それを考えると、
「沢崎という男は、自分から何かを言わないと、気にされない」
というタイプで、実際には、
「まわりに気づいてほしい」
と考えたとして、何かのアクションをしても、実際には、
「誰からも気にされない」
というのが、彼の性格といってもいいだろう。
彼はまるで、
「路傍の石」
というような存在であった。
河原にたくさん落ちている石ころは、誰にも気にされることなく、落ちている。
「もし、自分が、その石ころだったら、まわりがまったく気にしていないということを分からずに、上から見ている人間に対し。自分のことを見ている」
と、必要以上に感じるだろう。
それは、自分のことを、
「路傍の石」
として感じるからではないだろうか?
普段から、あまり、自分のことを気にしない人間というのは、
「自分が時々、まわりから、必要以上に気にされている」
という錯覚を感じるものではないだろうか?
それは、何か、精神的な錯誤をもたらし、
「勘違い」
というものから、
「何も気にしない」
ということが、果たしていいのか悪いのか、考えてしまう。
それは、
「人間の考え方の辻褄を合わせる」
ということで、
「人間というものは、気持ちの中で微調整をしようとする生き物だ」
というように考えたりもする。
どちらかというと、清水刑事は、そのあたりのことを考えるようにしていて、
「その考えが、刑事の頭には必要なのではないだろうか?」
と、普通ではありえない発想を、抱いたりすることがあったのだ。
それが、他の刑事にはないもので、
「清水刑事の清水刑事たるゆえんだ」
といえるだろう。
一つ、清水刑事が気になっていたのは、
「それにしても、猛スピードでの殺しというのは、確かに、車の判別をさせないということと、ドライブレコーダーを破壊するという理由もあるが」
と考えたところで、それ以上に気になったのが、
「本当にそれだけだろうか?」
ということであった。
本当は、
「恨みの強さがそうさせたことであり、実際に、最初の目的と思われたことは、元々の計画からすれば、副産物のようなものだ」
ということになるのではないか?
と感じたのだった。
実際に、清水刑事の推理は、その時々で、
「突発的な閃き」
というのもあるのだが、その突発的は閃きが、
「後から、新たな効果を生むということが、往々にしてある」
ということであった。
それを考えると、
「清水刑事が、突発的に何かの発想で動いた時、まわりの捜査官にも緊張が走るという」
それだけ、清水刑事は、自分では嫌がるのだが、
「刑事の勘」
というようなものがしっかりと働いているということになるだろう。
そこで、清水刑事は、今回の事件を、
「被害者である沢崎に対する怨恨の線も大きい」
と考えて捜査するようにした。
そもそも、刑事課の方針としては、
「これが殺人事件ということであれば、動機としては、彼の仕事である、経理部内の、秘密か何かを握ったことで、起こった事件ではないか?」
ということであった。
もちろん、
「警察というもの、考えられることすべてに事件の目を向けて、少しずつ、絞っていく」
というのが、捜査方針と考えられている。
もちろん、最初は、
「事件の背景にある全体像」
というものを見ないと、
「そこから、絞り込むということもできない」
というものである。
それを考えると、もっと、その原点として、
「どうして、交通事故である、ひき逃げを装うのか?」
ということであった。
もし、これを単純に考えるとすれば、まず、
「交通事故を装い、事故として片づけられる」
ということ。
そして、次に考えられるということとして、
「事件を起こして、その場からすぐに逃走できる」
ということであるが、今の時代は、
「至るところに、防犯カメラ」
というものがあったり、
「Nシステムというものがあり、車での逃走は難しくなった」
ということを考えると、それも、
「果たしてメリットなのか?」
ということになる。
それこそ、戦後しばらく経ってから、いわゆる、
「神風タクシー」
などと呼ばれるものがあった。



