噛ませ犬
あるいは、
「浮気」
というものはあふれているといってもいいだろう。
「法律にはないが、モラルや倫理としては、許されない」
ということになると、問題としては、
「では、いったい、どこからが浮気や不倫ということになるのか?」
ということである。
もしこれは法令ということであり、
「罪として罰せられる」
ということであれば、
「法で定められている以上、明文化されていないといけない」
ということで、
「どういう行為からが犯罪になるのか?」
ということは、きちんといわれていて当然ということになるだろう。
ただ、さすがに、すべての可能性について明文化することができるわけもなく。
「六法全書」
というものが、
「何百冊も必要になる」
ということになるだろう。
「一つの警察署においても、たった一年でたまった調書というものがどれだけになるか?」
ということを考えると、実際に裁判において罪を決める時は、
「法律書だけではなく、判例なども、大いに参考にして、納得がいく裁判をしないといけない」
ということになる。
そういう意味で、
「法律というのは、解釈によって、いろいろ考えられる」
ということで、
「真実は一つだ」
ということであっても、
「そこから刑罰を考える場合、いろいろな解釈ができる」
というものだ。
だから、
「判決が言い渡されるまでに、一つである真実をキチンと見極める必要がある」
ということで、そのために、警察が捜査を行い、容疑者を起訴し、そこから、被告となった容疑者に対して、
「検察側」
と、
「弁護側」
というそれぞれの立場から、真実にたどり着こうとした時、見つかった、
「たった一つの真実に対し、罪状であったり、情状酌量などというものが加わることで、罪刑が決まる」
ということになるのだ。
問題として、結婚ということで一番大きなものは、やはり、
「男女間の問題」
ということであろう。
昔は、
「戸籍が汚れる」
あるいは、
「出戻りは恥ずかしくて、街も歩けない」
などといわれてきたが、今では、
「バツイチなど当たり前」
といわれてみたり、
「バツイチの方がモテる」
といわれたりもした。
というのも、
「バツイチであれば、相手が、結婚を強要してこない」
ということであった。
そもそも、昔の恋愛結婚というのは、結構難しくもあった。
というのは、
「結婚したい人がいる」
と家族に行ったとして、もし年齢が若すぎれば、
「まだまだ会社に入ったばかりで、社会を分かっていない」
ということで、要するに、
「結婚には早すぎる」
という考えである。
しかし、昔の結婚適齢期というのは、20代ということであり、決して、
「20代前半でも早いということはない」
といえるだろう。
年齢だけをもとに、
「早すぎる」
ということをいうのであれば、それだけ、
「親の頭が固い」
ということになるだろう。
だが、これが
「他に理由をこじつける」
ということであれば、
「誰か、まわりから見合いの話がある」
ということなのかも知れない。
そうなると、
「政略結婚」
という可能性が高くなり、それが分かれば、
「意地でも、そんな結婚はしたくない」
と思うだろう。
だた、だからといって、親の反対に対して。まともに反発してしまうと、
「親の術中に嵌ってしまう」
ということになるかも知れない。
というのも、
「親に対して反発することで、結婚がうまくいかない」
ということを証明しているかのようになり、
「結婚を成立させたくない親としては、理由を作ってくれた」
というくらいに感じるかも知れない。
結婚というものに、そこまでこだわるということ自体が、今の時代から考えれば、
「時代錯誤もいいところ」
といってもいいかも知れない。
しかし、
「時代というのは、変わっていく」
というもので、もっといえば、
「繰り返すもの」
といってもいいかも知れない。
そういう意味では、
「またいずれ、許嫁であったり、政略結婚などというものが、もてはやされる時代が来るかも知れない」
といえるだろう。
特に今の時代は、
「結婚というものに、どのような意義があるというのか?」
ということを考えると、
「何も無理異結婚することなんかない」
といえるのではないか。
「ずっと一人だと寂しいじゃないか」
というかも知れないが、
「何も、半永久的に伴侶を持つ必要があるのか?」
ということで、
「寂しかったら、友達として付き合っていけばいい」
さらに、
「性欲がたまったのであれば、セックスフレンドを作ったり、風俗で発散させればいいのではないか?」
ということだ。
セックスフレンドといっても、相手に、伴侶も恋人もいなければ、
「不倫」
でもなければ、
「浮気」
でもない。
つまり、
「法も犯しているわけでもなければ、相手を蹂躙しているわけでもない」
ということで、
「「お互いに納得の上」
ということであれば、それの何が悪いというのか、
極端な話、
「もし、そこにお小遣いという意味での金銭が絡んだ」
として、それを、
「援助交際」
ということで、
「売春禁止法に違反している」
ということであれば、罪であろうが、実際には、曖昧なところで、
「法を切り抜けている」
ということであれば、それこそ、
「何かの団体への資金となっている」
ということで、問題になるのも仕方がないだろう。
ただ、
「自由恋愛」
ということであれば問題はない。
そのあたりの考え方の問題というのが、いかに問題となるかと考えると、
「昔からある、美人局」
などという、
「明らかな犯罪」
というものが、今も行われているのかと考えると、気になるところではある。
これは、
「立場はあるが、金もある」
ということで、
「脅迫されても、金で解決するだろう」
ということで脅迫するのが、美人局であるが、これは、考え方によると危険ともいえる。
なぜなら、
「お金があるから、お金を出しても守らばければいけないものがある」
ということで、
「脅迫に応じる」
というわけで、それが、
「一度ではなく、半永久的に」
ということになると、今度は、
「それに耐えられなくなった被害者は、金があるだけに、裏の組織を使って、脅迫者に報復する」
と考えると、
「一気に立場は逆転する」
というものだ。
だから、
「目には目を歯には歯を」
という考え方を相手が持てば、
「一気に立場は逆転する」
といってもいい。
つまりは、
「視線が狭いということは、命取りになる」
ということで、
「自分がしていることを、相手にされる」
ということが分からないということで、それこそ、
「灯台下暗し」
ということになるということであろう。
「ミイラ取りがミイラになる」
ということわざそのものだといってもいいだろう。
結婚というものを、
「するのが当たり前」
ということで、それが、
「一人の独占」
という考えになってくると、
そこで生まれてくる感情として、
「嫉妬心」
であったり、



