笑みの中の恐怖
というくらいに思っていた。
だから、実際に、精神的にも気持ちに余裕があったのだが、
「それがなかなか」
ということで、次の職はなかなか決まらなかった。
そんなところに、
「山岳警備隊募集の記事があった」
ということだ。
もちろん、いきなり、できることではなく、
「仕事をしながら、研修や資格取得というのが、同時にできる」
ということでの募集だったので、それに飛びついたということだ。
ちなみに、今回ここで出てきた、
「山岳警備隊という組織は、現実の社会に存在する、
「各都道府県警察」
が管轄している、
「山岳警備隊」
とは違う組織で、かつては
「ボランティア組織」
であったものが、今では、民間の公式会社ということで、組織できるようになったという、
「近未来に存在することになるかも知れない」
という、
「架空組織」
のことだとお考え下さい。
ただ、時代は、前提にある年月にくらべ、少々さかのぼると思っていただけでばいいと考えております。
だから、この、
「民間企業」
である、
「山岳警備隊」
というのは、そもそも、警察組織だけに属したものであるが、
「政府による民営化の波」
ということから、
「本当は警察組織も民間に」
という考えが、政府内の、
「裏組織」
で、暗躍されているものであるが、その中で、手始めということで、
「山岳警備隊をはじめとする、いくつかの、警察としては目立たない」
とわれるような組織が、
「民営化されつつある、初段階だ」
といってもいいだろう。
ただ、その山岳警備隊における、研修であったり、資格取得のための、期間というものがあるのだが、そこには、
「免除期間」
というものが制定されている。
というのは、
「本来であれば、それらの研修学校であったり、ボランティアなどでの、実地期間が存在していれば、普通であれば、2年だったとすれば、それが、2か月くらいに免除される」
というものである。
これは、渡辺にも通用するもので、なんといっても、彼は、
「元々が警察官」
ということで、
「山岳警備の経験」
というものはないが、
「警察組織にての、実務経験がある」
ということで、
「その研修期間は、3か月」
ということであった。
実際に、その3か月もあっという間に終わり、他の人同様に、
「勤務に就いた」
しかし、
「山岳警備としての経験」
というのは、そこまで確立していないということから、
「先輩についての、研修期間」
というのが、これも、半年を費やした。
そういう意味では、
「警察を辞めてから、1年半くらいで、やっと、山岳警備隊の一員といって、話せるくらいになった」
ということである。
警察時代のトラウマ
早朝の警備というのは、
「その日の登山客が、無事に登山ができるようにするための、準備段階」
ということである。
いわゆる、警察でいえば、
「警ら」
つまり、
「パトロール」
と言えばいいだろう。
警察であれば、
「早朝パトロールといえば、前日の夜の間に、何か怪しいことがなかったか?」
ということの、一種の、
「前日の後始末」
ということと、
「その日の準備」
ということで、このあたりは、
「山岳警備隊」
と変わりはないのだった。
だから、数年とはいえ、
「交番勤務に従事していた」
ということで、
「パトロールの大事さ」
ということは分かっているつもりだった。
というのは、渡辺刑事には、
「警察官時代のトラウマ」
というものがあった。
というのは、
「朝のパトロール中に、死体を発見する」
というハプニングに見舞われたことがあった。
ちょうどその時は、河原をパトロールしていて、普段から、そこがジョギングコースになっていることから、
「馴染みの青年」
ということで、相手の年齢も、
「まだ20代」
という、年齢も近いということで、出会った時には、よく会話をしたりしたものだった。
その日は、何やら、胸騒ぎのようなものがあった」
と感じていたが、
「それはいわゆる結果論」
というようなもので、
「後から取って付けた感覚だった」
といってもいいだろう。
その時、死体を発見することになるのだが、最初に死体を発見したのは、その青年だった。
といっても、青年が死体を発見した時、渡辺巡査も、
「発見できる場所にいた」
ということで、自分が発見したそのタイミングでは、
「ほぼ、誤差の範囲」
という程度の時間差でしかなかったといってもいいだろう。
ただ、この時間差というものを、渡辺刑事は、
「誰よりも顕著に考えていた」
つまりは、
「自分が先に発見できたものを」
と考えたのだ。
捜査の上では、
「どっちが先に発見しようが、そんなことは大きな問題ではない」
ということになるだろう。
別に誰が死体を発見しようが、
「死人が生き返る」
というわけでも、
「殺人事件という事実がなくなる」
というわけではない。
警察とすれば、
「捜査を行い、犯人を逮捕し、起訴する」
という手順に、何ら変わりはないからであった。
だが、何やら事件は、どんどん、
「謎が謎を呼ぶ」
という状況に入ってしまい、それこそ、
「通り一遍の捜査では、事件は解決しないのではないか?」
と言われるようになった。
「この事件には、それなりの推理が必要なのではないか?」
ということから。
「まるで、ミステリー小説のように、どこかにトリックが隠されている」
とも言われ、実際に、
「私立探偵」
という人が乗り出して捜査に当たったが、結局、解決することはできず、
「未解決事件」
ということで、警察署の、
「未解決事件簿」
ということで、捜査資料は、保管されていることになった。
捜査本部は、当然解散。
捜査に当たった警察官は、皆無念の中に失意を押し隠すようにして、
「新しく起こる犯罪は、待ってはくれない」
ということで、
「新しい現実」
というものに引き戻されていくのであった。
ここでいう、
「現実」
というのは、
「袋小路に入り込んで、結局未解決となった」
というのは、現実であり、
「新しく発生する事件」
というのも、現実ということであるが、実際に、その現実というものは、
「入り口と出口のルートが違っている」
ということで、
「同じものなのかどうか?」
というのは、分かりかねると言われている。
というか、
「それぞれで皆が感じていることだろう」
と思っている。
つまり、
「今回は、皆同じ要件に対して集まった」
ということで、
「現実を共有した」
という仲間であるが、それが解散ということになると、皆、
「自分の領域に戻っていく」
ということになり、
「そこに広がっているものは、まわりの環境が違うことから、違う現実だといってもいいだろう」
それを考えると、
「現実という言葉は、時間軸だけではなく、片面的な広がりというものも、影響してくることになるに違いない」
ということであった。
それが、
「現実」
というもので、



