中途覚醒
「その場所が、粘ることができる店」
ということであれば、
「自分のやりたいことができる」
ということで、しかも、その場所を、
「自分の作業場」
ということに利用したり、
「営業」
や、
「接客にも使える」
ということだ。
確かに、コーヒー一杯で、
「消費税を含めると、1000円以上かかる」
と考えると、結構なものになるだろう。
しかし、営業の人間のように、外回りを常とする人であれば、
「1か所、自分の作業場所を決めておけば、一日に使うお金」
ということを考えると、意外と安上がりだといえるだろう。
しかも、
「馴染みの客」
ということになれば、それだけ融通が利くというものだ。
以前から、
「フリーランス」
ということで、
「会社に出社せずに、個人事業主」
という働き方をする人がいることから、
「ノマドスペース」
と呼ばれるところが増えてきた。
しかも、令和に入ってすぐくらいに流行った、
「世界的なパンデミック」
というのもあり、
「リモートワーク」
というものが、注目されるようになってきた。
「リモートワーク」
も、
「ノマドスペース」
というのも、別に、
「世界的なパンデミック」
というものが流行りだしたから、有名になったわけではない、
「静かなブーム」
あるいは、
「近い将来の町の姿」
ということを言われてきたのだ。
だから、
「人流抑制」
ということから、
「在宅ワーク」
というものを、国が奨励した時、さほどのパニックも、苦情もなく、普通に受け入れられていた企業は多かった。
もちろん、
「出社しないとできない手続き」
なるものは、実際に存在していて、その時だけ会社にいくということは、普通にあっただろう。
考えてみれば、本来では、
「ハイテク化の最先端」
と言われてもいいはずの自治体で、なんと、いまだに、
「フロッピーなどが使われていた」
ということが、
「業務の不手際から明るみに出た」
というくらいである。
そもそも、
「フロッピーって何?」
と言われても不思議のない時代である。
それこそ、
「レトロを売りにしている店というわけでもないのに、店で流している音楽に、れこーーどを使っている」
ということと同じくらいだろう。
実際には、
「フロッピーとレコードでは、かなりのタイムラグがある」
ということであるが、過去に戻るのが遠ければ遠いほど、その差は、
「誤差の範囲」
といってもいいだろう。
それを考えると、
「誤差を呼ぶには、必ず、比較対象になる何かがあってしかるべきなのだ」
ということを、一瞬でも考えれば、それを忘れないということは重要なことになるのだろう。
定年退職
そんなノマドスペースとして利用していたのが、大久保という男だった。
大久保は、会社務めをしていたのだが、5年前に会社を辞めた。
元々、
「自分の会社を立ち上げたい」
ということを考え、それも、
「グラフィックデザイナー」
の道を目指し、
「そこで、成功して、独立する」
という夢を持っていた。
実際に、
「何の会社を立ち上げるか?」
ということが明確に分かっていないのに、
「将来、会社経営をしたい」
と思っている人が、以前は多かった。
彼が、中学時代には、まだ
「バブルの時代だった」
ということで、
「ベンチャー企業の立ち上げ」
というのが多かったのだ。
実際に、バブルの時期は、
「ベンチャー企業は、実際に儲かり、まるで、時代の寵児」
と言われる社長も多く、
「ビジネス誌のトップを、満面の笑みで飾る」
などというのは、当たり前のように映っていた。
それを見るのが、大久保少年には、眩しかった。
「まるで、将来の自分の姿」
というものを思い浮かべたのだろう。
中の記事を見ても、難しい言葉を並べ、しかも、分かる言葉の中には、
「社会貢献」
であったり、
「福祉などに役立つ」
ということであったり、
「当時の社会問題」
というものに対して、敢然と立ち向かっているその態度が、頼もしく見えたのだった。
その時、気が付いた。
「いいことをするには、お金が必要だ」
ということであった。
しかも、
「お金を儲けるには、それなりの立場やバックが必要だ」
ということであった。
さすがに、
「立場やバック」
というところにまで気づくのは中学時代では無理だっただろうが、それらが、
「誤差の範囲だ」
と感じるくらい、大久保の中学時代というのは、
「大人という領域までが、ほど遠い」
といってもいいくらいだったに違いない。
だからこそ、
「目の前で輝いている、ベンチャー企業の社長たち」
というのが、
「将来の目標」
ということになったのだ。
それは、純粋に、
「金儲け」
であったり、
「承認欲求を満たしたい」
ということではなかったはずだ。
ただ、今度は、、自分が大学に入る前くらいに、
「バブルがはじけてしまった」
ということで、
「ベンチャー企業」
というのが、軒並み潰れていく。
これは考えてみれば当たり前」
ということで、
「ベンチャー企業と、メーカーなどの零細企業と何が違うのだ?」
ということになるだろう。
「大企業が受けた受注を、子会社から、下請け、さらには、孫請けに流す」
というようなやり方で、
「大企業が潰れれば、連鎖倒産というのが当たり前」
という時代。
「ベンチャー企業」
のように、
「システム開発会社」
などは、
「親会社が傾けば、子会社以下は、連鎖倒産する運命にあるのは当たり前のこと」
ということで、
「そもそも、ベンチャー企業がもてはやされたのは、親会社がしっかりしている」
ということが基準になっているということからきているものだった。
「どれだけあったベンチャー企業が、どれだけになってしまったのか?」
という正確な数字は分からないが、
「ブームであったベンチャー企業という言葉が、いつの間にか、一世を風靡した名前」
というだけのことになってしまうのだった。
「一世風靡」
という言葉は、あくまでも、
「その時期の流行り」
ということであり、だからこそ、
「一世代のみという、一世なのである」
いわゆる、
「一発屋」
といってもいいだろう。
しかし、子供の頃のあこがれというのは、
「目立つものだけに目が行く」
といってもいい。
今の時代であれば、さすがに、
「長続きをする」
ということを考えないと、
「先がない」
ということは分かっている。
だから、目立つものだけを考えればいいわけではないということだ。
実際に、
「バブル崩壊」
というものを知り尽くした今の時代、
「音を立てて崩れていったものの跡に何が残ったか?」
ということは、
「バブル経済の隆盛」
というものを知らないと、
「崩壊後の日本しか知らなければ、片手落ち」
といってもいいだ。
それが歴史であり、
「歴史を勉強することの大切さ」
ということになるのだ。
「結果があるのだから、原因だってある」
つまり、
「起承転結」



