繰り返す世代
それは血の臭いで、それだけでも、その場の雰囲気が明らかに違っているのが分かったのだ。
中には、
「交通事故の悲惨な部分」
というのを見たことがある人もいた。
何しろ、
「車同士の事故」
ということで、その衝撃からは、
「人間などひとたまりもない」
といえるであろう。
それだけに。その時の記憶がよみがえり、直視できない
という感覚も当然にあったことだろう。
「本当にひどい」
ということで、他の人たちは皆怯えていた。
中には。
「震えが止まらない」
という人もいて、
「これから警察がやってきて、この場は騒然としてくる」
ということ。
そして、
「それまでが、嵐の前の静けさである」
ということも分かっているようだ。
野次馬も結構やってきて、
「早く警察が来ないと、収拾がつかないかも?」
と思えてきた。
ただ、誰も怖がって。死体に近づく人がいなかったことは幸いで、それだけ、現状が、ひどい状況だったといってもいいだろう。
それを考えると、
「警察が来るまでにどれだけの時間がかかったのか?」
発見者の男は、
「結構時間がかかった」
と思ったようだが、これが、野次馬ということになると。警察が来るまで、
「あっという間だった」
と思う人が多かったように思えてならないのであった。
老刑事の記憶
実際に警察が駆けつけてくると、一気にその場所は、
「殺人現場」
ということになり。よくテレビで見る、
「サスペンスドラマの、死体発見現場」
という様相を呈してくるのであった。
「警官や鑑識が急いでやってきて、一気に、事件現場を作り上げる」
規制線も張り巡らされ、刑事は鑑識、写真撮影とあわただしかった。
遠くから、パトカーの無線の音が聞こえてきて。それが、パトランプよりも、
「事件現場の臨場性」
というものを醸し出しているようだった。
鑑識は、あたりを見渡す人、死体を検分する人に別れ、捜査が続けられた。
「どうやら、背中にある刺し傷。あれが致命傷ではないですかね?」
ということであった。
刑事がいうには、
「何かを取られたというような様子もないし、財布やパスケースがあることからも、物取りの犯行ということではないでしょうね」
という。
「そうですね。このナイフが誰のものかはわかりませんが、少なくとも、誰かがナイフを持っていたということでしょうからね」
ということであった。
「通り魔による衝動殺人では?」
と聞くと、
「なんともいえないが、被害者を放置するとしても、ほとんど何も細工していないということは、衝動殺人だとすれば、すぐにここから慌てて立ち去ったということになるでしょうね。でも、そんなに慌てた様子はないですね」
ということであった。
実際に、凶器は背中に突き刺さっていて、
「抜き取らなかったのは、返り血を浴びるということを考えたんでしょうね。それを考えると、意外と犯人は、冷静だったのかも知れませんね
ということであった。
「なるほど、これだけ冷静だったとして、物取りでもないということになると、犯人は、本当に被害者を狙って殺したということになりますね。だとすると、どうしてここだったのか? という疑問が残るわけだ」
と、その場で操作の指揮を執っている刑事がそういった。
「死亡推定時刻はいつ頃ですか?」
と聞くと
「解剖してみないと、詳しいことは分かりませんが、硬直状態から、死後。6時間から8時間というところでしょうね」
というので、
「じゃあ、午後11から、午前1時の間ということになるんでしょうか?」
と言われた鑑識官は、
「まあ、それくらいではないかと思われますね」
「ここは、夜になると、街灯も切れるだろうから、真っ暗だったはずでしょうね」
と一人の刑事がいうと、
「たぶん、そうだろうね。だけど真っ暗な方が発見もされにくいし、闇に紛れてということだったんでしょうね。ということは犯人は結構視力はいい人間だったということになるでしょう、そして、被害者はそこまで視力がいいわけではない。そう考えると、ここを殺害現場に選んだというのも分からなくもない」
といえるのだ。
刑事の中に、一人老練なベテラン刑事がいて、彼は、、
「まもなく定年を迎える」
という古株刑事だった。
最近までは、
「まだまだ若い者には負けられない」
と感じていたようだが、
「定年まで一年をきる」
ということになると、急に、力が抜けてくるようになったのだ。
というのも、
「最近は、やたら、昔の事件を思い出すようになってきたんだ。年を取った証拠だな」
ということで、苦笑いをした。
なるほど、
「昔のことを思い出すようになると、いよいよ、老化から、自分の限界を思い知るようになる」
ということを身に染みて感じるということになり、
「俺もいよいよかな?」
と感じるようになってきた。
「今までに、何度となく、難事件を解決してきたな」
と思う反面、
「迷宮入り事件」
というのも、何度も経験してきたというものだ。
と感じるのであった。
「解決した事件は、若い頃であれば、鮮明に覚えていたが。年を取るごとに、記憶に残るのは、迷宮入りした事件の方」
ということであった。
これも、
「それだけ年を取ったということさ」
というのであった。
「警察官というものが、そういうことを考え始めると、
「時間というものの刑かが、逆になっているように感じる」
ということであった。
「時間をさかのぼる」
というのが、普通の人間の記憶というものだが、
こと、
「事件」
ということになれば、その解決には、
「時間をさかのぼって見るだけではなく、時系列にして、その事実を知りえる力が必要なのだ」
ということになる。
つまり、いろいろな物的証拠であったり、状況証拠から推理を行い。事実を、真実にするために、
「事件をさかのぼって整理する」
ということになるが、実際には、それだけではだめで。
「どこから事件が始まって、クライマックスの殺人にまで至ったのか?」
ということを解明しないといけない。
そうすることで、
「真実につながる見え方が正常に意識の中で働くことで、見えてくるものがある」
ということになるのだ。
それが、
「時系列での整理」
ということになり、
「犯人の動機」
であったり、
「事件の場面それぞれによる心境の変化が、事件をきれいに整理することになり、そこに、精神状態が絡むことで、歪に見えるかも知れない事件を、組み立てることになる」
という。
そして、最終的には、
「犯人の気持ちになって、犯人が何を思って計画し、行動したか?」
ということが分かってくるのだ。
「犯人の動機と行動だけでは、裁判に必要な資料を得ることができず、真相に近づけないまま、裁判に臨むと、
「被告の自由と財産を守る」
ということに特化した弁護士に、
「到底太刀打ちできない」
ということになるだろう。
老練の刑事は、
「いつも事件を捜査する時、昔の事件を思い出し、類似の事件と比較してみる」
ということをしている。



