小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

夕凪の時間

INDEX|10ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

「四年生になると、就活が待っているので、三年の間に、単位を修得できるだけ拾得しておかないと、両方は難しい」
 と思っていた。
 二年生の時、結構勉強に関しては、余裕を持ちすぎたせいもあり、三年生では、
「気が抜けない」
 という状況に追い込まれた。
 三年生の時は、
「その時には、時間がなかなかすぎてくれないと思ったが、後になって思えば、あっという間だった」
 と感じた。
 逆に、二年生の時は、
「毎日があっという間だったと思っていたけど、あとから感じると、結構長かった」
 と感じていたような気がする。
 だが、この二年間というのを後から思い出すと、
「結局、同じ間隔の一年でしかない」
 と感じさせられた。
 つまりは、
「どんな一年であっても、その期間というのは、自分の中で、過去だと思った時には、同じ感覚の期間にしかなならない」
 ということになると感じたのだった。
 高校生の頃を思い返すと、
「毎日にまったく変化はなかった」
 ということで、
「毎日の感覚と、あとから思い出す感覚に差はないというのは、当たり前のことではないだろうか?」
 と感じていたが、これが、
「大学生になると、時間への感覚が違うものとなり、その形は歪なものだといえるのではないか?」
 と感じたのだ。
 店主のこの感覚は、オーナーにも分かることであり、
「やはり、この人を店長にしてよかったな」
 と感じた。
「経営コンサルタント」
 では、店長は、
「決して、営業成績がよかった」
 というわけではなかったが、顧客からの人気は結構あり、それを思えば、
「この人は、個人営業の方が似合っているのではないか?」
 と、黒田オーナーは感じたのであった。

                 老人と女の子

「コスモス」
 という店には、常連がたくさんいた。
「常連でもっている店」
 といってもいいだろう。
 常連同士は顔見知りで、ほとんど皆仲がいいといってもいいだろう。
 実際に、近くの個人経営の店の店長同士ということもあり、
「商店街の寄り合い」
 で、皆顔見知りだったのだ。
 今のこの時代、
「商店街」
 であったり、
「寄り合い」
 などというのは、普通であれば、ありえないといってもいいだろう。
 しかし、この地域は、昔から変わりない。
 確かに、他の地域と同じように、
「近くに大型商業施設ができる」
 ということで、
「商店街の危機」
 と言われた時期があったが、ちょうど、その計画が持ち上がってすぐくらいに、
「バブルの崩壊」
 というものが起こったのだ。
 結局、
「大型商業施設計画」
 というのは、頓挫してしまい、しばらくは、平屋の広大な土地に、鉄条網が張られ、
「商業施設建設予定地」
 という立札が立っているだけで、それも、斜めになっていることから、まるで、
「兵どもが夢の後」
 と言ったところであった。
 そのまま、しばらく、放置された状態だったが、その土地に商業施設ができることはなかったが、マンション建設予定ということで、その後10年経ったところで、マンションができたのだった。
 しかし、入居者は、それほどいるわけではなかった。
「半分も埋まっていればいいか?」
 ということで、寂しさを感じさせたが、実際には、
「同じ頃にできたマンション」
 というと、そんなに入居者がいるわけではなく、
「半分でも埋まっていれば御の字」
 ということだったのだろう。
 そのおかげといっていいのか、
「商店街は生き残る」
 という形になった。
 というよりも、
「商業施設ができないのだから、今まで通りに、商店街が活躍してくれなければ困る」
 ということになるのであった。
 そういう意味で、
「このあたりが、昭和レトロを感じさせる町」
 ということで、逆に、
「全国的に興味が集まった」
 といってもいいだろう。
 そもそも、
「バブル経済」
 というものに後押しされて、
「本当に必要なのか?」
 と言われながらに、作った施設が、全国には山のようにある。
「繁栄を裏付ける」
 ということで、
「自治体の名誉」
 であったり、
「雇用問題」
 というものからの、
「公共施設建設」
 ということでの、
「会社同士の権勢」
 というものなどを考えると、
「バブル経済における、負の遺産」
 と言われてきたものとし、
「テーマパーク」
 であったり、
「地方空港」
 あるいは、
「整備新幹線」
 などというのがそうであろう。
 世の中には、
「必要悪」
 というものがあり、
「悪ではあるが、社会貢献もしている」
 というものであるが、これらのものは、
「百害あって一利なし」
 といってもいいだろう。
「テーマパーク」
 などというのは、
「採算が取れないと、すぐにつぶれる」
 ということで、
「建設ラッシュ」
 というものから、20年もしないうちに、どんどん姿を消していき、
「今ではほとんど残っていない」
 といってもいいだろう。
 しかし、実際には、
「地方空港」
 であったり、
「整備新幹線」
 というのは、潰すことはできない。
 だから、一時期、
「バブル経済の負の遺産」
 ということで話題になり、
「ドキュメンタリー番組」
 ということで、放送された時代があったものだ。
 特に、
「整備新幹線」
 というものは今でも大きな問題になっている。
 なんといっても、
「新幹線を作ると、従来の在来線とは違う路線を通る」
 ということで、
「これまで、特急電車が主流で通っていて、その停車駅に当たるところは、町おこしということで、発展を遂げてきた」
 というところが多かったのだが、
「新幹線が開通すると、特急電車は廃止」
 ということになり、
「廃止になった路線は、さらに赤字路線」
 ということで、
「廃線」
 というものになるか、あるいは、
「第三セクター」
 ということで、自治体に、
「管理運営を任せる」
 ということになるのだ。
 つまりは、
「整備新幹線」
 というのは、
「赤字路線の解消」
 というのが、その裏には潜んでいるのであった。
 しかも、整備新幹線と開通させるというのは、その費用を、
「各自治体に持たせる」
 ということで、どういうことになるかというと、
「新幹線の建設費用と、その後の維持費は、自治体の税金で賄う」
 ということになるのだ。
 要するに、
「新幹線を通してやるから、金を出せ」
 ということであった。
 実際には、これまでの地元の努力を踏みにじっておいて、
「新幹線を通してやるから、お前たちで運営しろ」
 という国のやり方である。
 実際に、
「赤字の自治体」
 というのも、かなりある。
 そもそも、
「新幹線などいらない」
 と思っている人はかなりいるだろう。
「新幹線は、観光地に通ってこその価値がある」
 ということで、
「自分たちが開発した、通してほしい」
 と思っているところに通すわけではなく、これまで発展したところを通さずに、国交省が決めた路線を通すなどというと、当然、地元の自治体は市民たちから、
「反対運動」
 というものが起こってしかるべきということになるだろう。
 それを思えば、
作品名:夕凪の時間 作家名:森本晃次