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本当の天才

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 そうなると、抜けれなくなってしまい、どうしていいのか分からなくなることが、犯罪を助長することになるのだろう。
 だから、一度覚えた痴漢の味を、失いたくなかった。
 それを失ってしまうと、禁断症状に襲われるということが分かっていて、まるで、自殺をしているような気分になるだろう。
 それも、自分で自分が分からなくなり、苦しみだけが残ってしまう。
 しかも、
「誰が悪いというわけではなく、自分が悪い」
 ということなのだ。
 そのことを分かっているだけに、
「苦しむことが分かっているのに、わざわざ、そこに飛び込むようなことはしたくない」
 そう思うと、依存症というものを辞められないという理屈が分かる気がするのであった。
 そんな坂田が、ある日、いつもの電車に乗って、ターゲットを絞っていた。
 まだまだ、痴漢としては、まだまだ素人であった。
「いつ捕まるか分からない」
 という覚悟はしていた。
 ただ、そうは思っても、実際につかまってしまえば、じたばたするに違いない。
 なんといっても、まだ、二十歳そこそこくらいではないか。
 会社で働いたこともないので、
「社会の厳しさ」
 などというものが分かるはずもない。
 あれは、小学生の頃のことだった。
 それまで、友達とあまり遊ばないどころか、どちらかというといじめられているほうだった。
 自分では、
「その理由が分からない」
 友達の話としても、
「なぜ虐めているか分からない」
 ということであった。
 中には、
「むしゃくしゃするから」
 という、
「理由にならない、めちゃくちゃな理由をぶちまけるやつもいるくらいだ」
 しかし、自分では、
「なんとも理不尽ではあるが、もし、俺が友達の立場だったら、俺を虐めているかも知れないな」
 と思うのだった。
 その理由は分からない。
「分かっているくらいなら、何とかしようとするからだ」
 ということであった。
 だから、友達が、
「むしゃくしゃするから」
 という理由も分からなくもないのであった。
 要するに、
「自分で納得のいかない行動をとることは、往々にしてある」
 ということで、ただ、
「自分では納得がいかない」
 と思うことも往々にしてあるというのであった。
 だから、それを、
「痴漢行為の免罪符」
 と自分で思っていた。
「こんなものを免罪符にするなんて」
 とは思いながらも、
「免罪符というのは、自分で納得がいったから免罪符のはずなんだ」
 という思いに変わりはない。
 だから、どこかで一度自分に納得しているはずである。
 それなのに、納得だけではなく、
「何が好きなのか?」
 ということと、
「何が嫌いなのか?」
 ということを分かっていないくせに、どこか自分の中で、
「好きなものと、嫌いなものは紙一重なんだろうな?」
 と感じるのだった。 
 だから、
「何が好きなのか?」
 と考えた時、
「嫌いなものは思いつくが、何が好きかと聞かれると分からない」
 と答え。逆に、
「嫌いなものは?」
 と言われると、
「好きなことが思いついて、嫌いなことに意識が向かない」
 ということだった。
 それが、
「紙一重ということが原因」
 ということが分かるようになるまで、すぐには分からなかったということであり、そこに、
「免罪符」
 という言い訳がはらんでいると感じたのだ。
 だから、免罪符というものを、自分の言い訳であったり、
「好きなものと嫌いなものが紙一重だと思えば、痴漢行為を、悪いことということで、嫌悪していたはずなのに、今では、依存症のようになってしまった」
 ということが分かってきたのだった。
「それは、きっと他の依存症の人にいえることではないだろうか?」
 と考えた。
 もちろん、人間の中には、
「依存症」
 というものを複数持っているという人もいるだろう。
 逆に、
「どれか一つが依存症で、他の傾向もあるが、他はただの好奇心に過ぎない」
 といってもいいだろう。
 だからこそ、世の中には、
「たくさんの依存症がある」
 といってもいいわけで、
「10や20」
 といえば、
「桁が違う」
 ということになるのかも知れない。
 それを考えると、
「人間というのは、誰もが、
「依存症というものに陥る癖のようなものがあるのかも知れない」
 といえるのではないだろうが。
「それが、いいことなのか悪いことなのか」
 ということになるのだろうが、
「本当にまじめで熱心なことであっても、見方によっては、依存症」
 といってもいいだろう。
 依存症で済めばいいくらいで、
「中毒症状」
 といってもいいのかも知れない。
「依存症」
 というのも、
「中毒」
 というのも、レベルの違いなだけであって、別に同じものだといってもいいのかも知れない、
 つまりは、
「医者に罹る必要がある」
 というもので、
「精神の病気」
 といってもいいだろう。
 正式には何かの名前があるのかも知れないが、昔でいうところの、
「精神病」
 と今でいうところの、
「精神疾患」
 と呼ばれるものの違いなのかも知れない。
 特に今の時代では、
「中毒性がある言葉」
 ということで、
「アルコール中毒」
 を意味する、
「アル中」
 というのは、差別用語ということになってしまったようだ。
 だから、言い回しとすれば、
「アルコール依存症」
 と言わないといけないという。
 ただ、これはいわゆる、
「放送禁止用語」
 ということで、この言葉を使ったからといって、直接的に、
「法律に触れる」
 というわけではない。
 あくまでも、
「放送倫理に違反する」
 ということでの、
「文字通りの放送禁止用語」
 というわけである。
 そういう意味で言えることは結構あったりする。
 たとえば、
「めくら」
「おし」
「つんぼ」
 などというのは、戦後すぐくらいからだめになった、
 たぶん、日本国憲法への配慮からではないだろうか?
 そもそも、それぞれの言葉に何かの言葉を足すことで、他の単語になるものもあり、それをダメだということになると、
「かなりの言葉がダメ」
 といってもいいだろう。
 たとえば、
「めくらめっぽう」
 ということば、
「めくら印」
 という言葉などがある。
 また、差別用語ではないが、放送禁止ということで、
「大東亜戦争」
 という言葉がある。
 これは、そもそも、
「かの世界大戦中に起こった、日本が英米蘭中に対して、宣戦布告した時、この戦争を、シナ事変にさかのぼって名前を決める閣議決定」
 で、
「大東亜戦争」
 と名付けられた。
 この戦争は、そもそも、
「欧米列強に植民地にされてしまった東アジア諸国を日本が解放し、その地区に、日本を中心とした秩序を建設する」
 ということで、その秩序を、
「大東亜共栄圏」
 と呼んだのだ。
 だから、
「今回の戦争は、東アジアから、欧米列強の勢力を駆逐し、大東亜共栄圏を確立する」
 という大義名分があったものを、
「日本が敗戦国になった」
 ということで、
「勝者の理論」
 によって、
「極東国際軍事裁判」
 というもので、
「戦争犯罪人を裁く」
 ということにしたのに、
作品名:本当の天才 作家名:森本晃次