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症候群と秘密結社

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 医療研究所といってもいいのだが、実際には、
「もっときれいなところに経てればいいのに」
 というほど、昔のたたずまいをそのまま残していて、実際に研究している人たちは、
「以前、このサナトリウムで勤務していた人たち」
 ということであった。
 すでに、教授から博士になっている人もいて、ここにいた時は、まだまだ研修医といってもいいくらいだったが、中には、ここから離れて、他の病院で勤務していたが、ここに戻ってきた人もいれば、
「前のまま、ずっとここで勤務している」
 という人もいた。
 それは、比較的、
「個人の意見」
 が尊重され、それでも、結局はここに今勤務している、昔ここにいたという人は結構いるのは、
「他に行っても、やりがいがなかった」
 という人なのか、
「ここでの研究が一番やりやすい」
 と思っている人なのか、どちらにしても、ここでの勤務は、彼らにとっては、最高だといってもいいだろう。
 実際に、
「何を研究しているのか?」
 というのは、その人さまざまである。
「人類の未来への研究」
 という漠然とした言い方をする人もいれば、
「精神疾患でも一番の問題としての、合併症を少しでも緩和できるような研究」
 という、具体的な目標を上げている人もいる。
 しかし、どちらにしても、彼らがいうには、
「若い頃にここにいた時の自分とは違うんだ」
 ということであった。
「成長した」
 ということではなく、それよりも、
「まるで、まわりから見ると、別人のようだと言われるが、昔の自分が死んで、今新しく生まれ変わったという感じがするといった方が正解かも知れない。だけど、俺は、全然変わっていないという感覚しかないんだ。何しろ、あっという間に時間が過ぎた気がするからね」
 というのだ。
「どういうことなんだい?」
 と聞くと、
「例えば、中学生の頃のことは、まるで昨日のことのように思い出せるんだけど、大学生の頃というと、かなり昔のように思うんだ。もちろん、昔のことを思い出そうとした場合なんだけどね」
 という。
「それは、時系列での感覚がマヒしているような感じなのかな?」
 と聞くと、
「うーん、確かにその言い方が、一番しっくりとくるのかも知れないけど、時系列というものを、それぞれ一人一人感じ方が違うからではないかと思うんだよね」
 というので、さらに聞いている方は分からなくなってきた。
 それを悟ってか、相手はさらに続ける。
「私は、時系列という考え方が、理屈で成り立っているような気がするんだ。いわゆる、結果といっていいのかな? だから、時系列は、直列していて並列しないものということになるんだけど、人間は、瞬時にしてピンポイントで思い出すことができるだろう? きっと、何か、頭の中に、思い出すための地図のようなものがあるんじゃないかな?」
 ということをいうのだった。

                 ジレンマ

「コンピュータの基礎」
 ということで習う時に、似たような話を聞いたことがあったが、その話に近いものだといってもいいだろう。
 それを考えると、
「脳神経の構造は、コンピュータの、CPUのようなものかも知れないな」
 というので、
「そうですね、でも、それでは、結局限界があると思うんですよ。正直にいえば、人間を超えることはできない」
「なるほど、確かにそうでしょうね。でも、本当であれば、一番優秀なのは人間であり、それを超えるというのは、ある意味許されないことではないですか?」
「それは、聖書などに謳われているような、神に近づいてはいけないという発想に近いといってもいいのかな?」
「そういうことになるでしょうね」
 と、この時は、その話で一晩語りつくしたものだったが、実際には、すぐに話が一周し、同じところに着地していたような気がする。
 しかし、自分たちがその着地した地点が、
「同じ場所だ」
 という意識がないことから、結局、もう一周しようとしても、同じ場所に着地しているという意識がないので、自分では、どんどん話が発展していると思うのだ。
 だから、
「この話は果てしないもので、結論が出ない」
 というのは分かり切っている。
 そういう考えは、
「無限」
 というものを自分で肯定するということになるが、それが、実は、
「同じところをグルグル回っているだけ」
 ということを分かっていないからだと決めつけるのは、違う気がするのだ。
「中には、無限というものに疑問を感じている人もいて、それが、堂々巡りを繰り返すことからきている」
 ということを分かっているのだろう。
 だが、
「実際には、まったく同じところに着地しているわけではなく、少しずつ発展している」
 と思っている。
 そして、
「その発展するある程度までくると、その無限が打ち破られ、どこかで結論に行きつく考えが生まれてくる。それが、本当のゴールなのではないか?」
 という考え方である。
 ゴールというものが、
「果たして、ループの中に存在しない」
 という考え方は、目標をもって進んでいる人間には、およそ、容認できるものではない。
 つまりは、
「ループを信じるということは、その先にあるゴールを信じるということだ」
 ということを考えながら研究を続けている教授もいる。
 彼は、子供の頃から、
「生まれてくるのが、平等であるはずがない。だから、平行線というのは、存在しない」
 という、天才的な発想を持っていたのだ。
 しかし、学生時代、そして、まだ若かったころは、その発想がネックになっているのか、
「どうしても、前に進むことができない」
 ということで、絶えず繰り返しているループを感じ、それが、
「決して無限というものではない」
 と分かっていたことから、ジレンマを感じる毎日だったのだ。
「こんなことを続けていても、らちが明かない」
 ということで、実は、
「自殺まで考えたことがある」
 のであった。
 実際に手首には、いくつかの、
「ためらい傷」
 というのがある。
 そんな、簡単に自殺をしてしまいたくなる自分のことを、
「俺のようなやつが、精神病と言われるんだろうな」
 と思っていた。
「このまま研究は続けたい」
 ということで、
「精神病認定を受けるのがこわくて、精神科の世話にはなりたくない」
 ということを思っていた。
「自分の中にある精神疾患」
 というものを、取り除くには、
「このサナトリウムしかない」
 と思い、
「この病院に戻ってきた」
 と考える人が多かった。
 というより、
「考え方の多少な違いはあるだろうが、誰も言わないだけで、皆同じ考えのようだ」
 ということになるだろう。
 実際に、昔からここにいた人は、最初から同じ思いで、結局、
「移動をしないが、実は一周している」
 ということで、
「時々、人に見えないだけのスピードで一周する」
 ということを自覚しているというのが、この病院でずっと勤務をしていたという人たちなのであった。
 また、この病院に
「交通事故」
 であったり、
「緊急搬送される」
 という患者も結構いる。
 そのどちらも、
「命の危険」
作品名:症候群と秘密結社 作家名:森本晃次