覚悟という錯誤
と考えると、
「その発想は悪いことではない」
と思うからこそ、天邪鬼が嫌いではなくなり、
「人と同じことが嫌だ」
というのが個性であり、
「個性は大切なことだ」
という理論で
「自分を納得させている」
と考えるのであった。
女の子に近づくと、その子は、かなり怯えているようだった。貧相な服装は、怯えをさらにはっきりとさせているように見え、その感覚が、坂上の中に、少し、
「よこしまな気持ち」
というのを生んだというのも嘘ではないだろう。
しかし、彼は、
「天邪鬼だった」
つまり、
「よこしまな気持ちを抱きながら、嫌われたくはない」
という気持ちも同居していて、結局は、あとから感じた、
「嫌われたくない」
という気持ちが優先した。
だから、
「紳士的な態度」
となり、
「大丈夫かい?」
と声をかけた時、
「警察に連れて行く方がいいのではないか?」
とも考えたのだ。
だが、それも、
「もう少し、きれいな身なりであればいいのだろうが」
と思ったのだ。
「こんな子を連れていくと、俺がまるで暴行しようとしたのではないかと思われる」
という余計なことを考えた。
冷静であれば、
「暴行しようとするのなら、警察に連れていくということはありえない」
と分かるはずなのに、それが分からなかったということは、
「それだけ、冷静ではない」
ということだったのかも知れない。
となれば、
「家に連れていくしかない」
ということで、とりあえず、彼女を落ち着かせるしかないと思い、
「お腹減っていないか?」
と訊ねると、声を出さずに、こちらを睨みながら、うなずくだけだった。
「よし、待ってろ」
とばかりに、コンビニに行って、とりあえず、おにぎりを数個買ってきて、それを目の前に置くと、かなり急いでぱくついていた。
滑稽に見えるくらいであったが、その様子を見ているだけで、こちらも安心してきた。
「自分が、なぜ彼女に関わっているか?」
ということがまるで他人事のように感じられ、
「彼女に関わっていることが、自分を善人にしているようで、ほほえましくさえ感じられた」
「家に連れて帰ろう」
と思ったのも無理もないことで、とにかく、落ち着いて話を聞こうと考えたのだ。
食べると落ち着いたのか、何も言おうとはしなかったが、手をつないで、歩き始めると、彼女は抗うことはなかった。
「とりあえず、風呂には入れてあげないと」
ということで、タクシーを使って家まで帰り、急いで湯舟に湯を入れて、彼女に進めた。
彼女は、もうすっかり、抗うことはなくなった。ただ、何も言わないだけだった。
家に連れて帰ると、安心したからか、急に不安が持ち上がった。
「これって、誘拐なんてことにならないよな?」
ということであった。
先ほどは、
「暴行犯に疑われる」
ということが最初に頭に浮かんだので、それ以上のことは想像もつかなかったが、
「どうして、誘拐ということが頭をよぎらなかったんだ?」
と思うと、自分でもびっくりするのだった。
それを思うと、
「これじゃあ、誘拐というよりも、女の子を拾ってきたということになってしまうのではないか?」
と感じるのだった。
それこそ彼女は、
「拾得女子」
といってもいいだろう。
記憶喪失
風呂に入っている間、下着と、パジャマ、そして、コンビニに売っている簡単な女性の服を買ってきた。
女性の服など買ったことがなかったので、女性店員に聞きながらであったが、
「普段なら、絶対にできるはずのないようなことを、この日はできた」
ということで、
「この後、彼女との話もできるだろう」
ということで、却って、不安が払しょくされた気がした。
もちろん、コンビニ店員からは、
「変な目で見られた」
ということであったが、
「別に関係ない」
と思うのだった。
実際に、買ってきてからまだ風呂に入っていた彼女だったので、脱衣場にパジャマと下着を置いて、
「一応最低限のものは買ってきたので、それを着てみてください」
と声をかけた。
彼女は、それには相変わらず答えるそぶりはなかったが、それも、
「仕方のないことだ」
と思っていた。
「彼女は、俺が買い物に出かけたことを知っていたのかな?」
とも思ったが、逃げるというそぶりはないと思っていた。
ここに連れてくる時、まったく抗う様子がなかったので、そう思ったのだが、
「彼女は本当に行くところがないんだ」
と思ったが、
「彼女を何がそこまでさせたのか?」
と思うと、感慨深いものがあった。
ただ、その理由は彼女が風呂から上がって、さっぱりした様子を見せると、すぐに分かったのであった。
パジャマ姿の彼女は、最初に見た時とはまったく違い、タクシーの中でも、
「まるで炭でも塗ったのではないか?」
と思うほどの、顔色の悪さだった。
それを、
「顔色が悪いのか?」
それとも、
「汚れているだけなのか?」
ということを見極めることはできなかった。
何しろ彼女が一言もしゃべらず、その変わり、その目線には鋭さがあったことから、
「どっちなんだ?」
と、
「しっかりしているのか?」
それとも、
「意識がもうろうとしているのか?」
という判断がつかなかったのだ。
しかし、風呂から上がってきたのを見ると、
「顔色はかなり違って、今は血色がいい」
ということが分かっただけでも、安心だった。
ただ気になったのは、髪の毛で、洗ったことで、かなり光沢は戻ってきて、きれいなのであるが、先端が相変わらずで、
「痛々しさが残っている」
と感じずにはいられなかった。
それを思うと、
「きれいに見えるのだが、実際には何かがあったんだろうな」
ということであった。
とりあえず、何かを聞かないと、会話にならないと思ったので、
「さてと」
といって切り出した。
「まず、あなたのお名前は?」
と聞くと、彼女は軽く首をかしげて、考えてしまった。
「じゃあ、どこから来たんだい?」
と聞いても分からない様子だった。
「記憶喪失?」
と聞くと、彼女はうなずいた。
ということは、
「まったく何も分からないが、判断する力は残っている」
ということであり、
「記憶喪失で間違いない」
と、坂上に感じさせたのだった。
こうなると、却って話がややこしい。
「警察に連れていくべきなのか?」
とはっきりと感じた。
自分に何とかできることであれば、その責任を負うということもできるかも知れないが、
「医者でもない自分が引き置けるというのは、これ以上無責任なことはない」
と思った。
しかし、今から警察に連れていくというのをできるはずもなく、とりあえず、
「明日になってから」
ということしかないのであった。
「医者に行けばいいのか、警察なのか?」
と考えたが、
「医者にいっても、身元不明であれば、どうせ警察を呼ぶことになる」
と思い、
「やはり警察だな」
と考えながら、その日は寝ることにしたのだ。
当然、名前も覚えていない彼女に、余計なことを聞くのは忍びない。
本当は、