覚悟という錯誤
「どこまでの記憶しかないのか?」
あるいは、
「記憶を失った原因について分かっているのか?」
を知りたかった。
何しろ、発見した場所が場所なので、
「何かの事件にまきこまれた」
という可能性が高いだろう。
「その事件が、記憶喪失の原因だ」
というのは、子供が考えてもピンとくることであり、
「やはりこれは、警察案件だ」
ということになるのだろう。
そもそも、記憶喪失というのは、
「記憶というのが、どこからないのだろう?」
ということが、
「時系列」
ということではなく。
「どこまでを覚えていて、どこからを忘れているのか?」
ということに、興味があった。
というのは、
「自分の名前も分からないのに、食事の仕方というのは覚えている」
ということである。
もちろん、着替えも分かっているし、風呂の入り方も分かっている。
つまりは、
「日常生活に支障がない」
といってもいいだろう。
だから、それを考えると、
「本能というものが覚えているのか?」
ということになり、それが、
「潜在意識」
というものと結びついて、
「人間には、どんなに記憶を失おうとも、絶対に忘れないものが存在している」
と考えると、
「思い出さない記憶」
というのはないのだ。
と考えるのであった。
ただ、それをいつ思い出すのかということが問題で、
「死ぬまでには思い出す」
ということであれば、
「思い出されては困る記憶を失っている人がいるとすれば、思い出されたくない人にとっては、消えてもらうしかない」
ということで、よく、
「犯罪事件」
になったり、
「刑事ドラマのストーリー」
ということになったりするのであろう。
そもそも、
「記憶喪失になる」
という時は、
「思い出したくない」
と思うようなトラウマが、
「記憶を自分の意識から消し去る」
という作用をすることによる、
「自己防衛本能」
というものが働いてということになるのであろう。
だとすれば、思い出すためには、それだけの環境を整える必要があり、場合によっては、
「逆療法」
ということで、
「記憶を失った場面を再現する」
ということで、あえて、ショック状態にしてしまうと考えてしまうのは、無理もないことなのだろうか。
ただ、坂上が見ていて、
「今のまま、無理に記憶を呼び起こさせようというのは無理なことだ」
と感じるようになった。
だから、少し黙って見ていることにした。
それは、
「彼女をこのまま、少し家に置いてあげる」
ということであり、
「本来であれば、警察に通報しなければいけない事案だ」
とは思ったが、どうしても、警察に連れていくことはできなかった。
「どうせ警察に連れていっても、病院かどこかの施設に連れ込まれ、皆一緒くたにされるだけだ」
ということからだ。
「自分は医者ではないが、見ている限り、彼女は、集団の中に入れると、殻に閉じこもってしまう」
ということになり、
「結局、記憶を取り戻すことができないのではないか?」
と思うのだった。
だが、
「だからといって、ここに置いておくことに心配がないわけではない」
というのは、
「その場合は、警察に連れていく場合とは、別のことになるのではあいか?」
と考えたからだ。
というのは、
「もし、彼女と二人、一緒にいれば、情が移るのは間違いないだろう。もし、彼女に対して恋愛感情を抱いてしまったとすれば、彼女の記憶が戻った時、彼女には、誰か決まった人がいたり、へたをすれば旦那がいるかも知れない」
と思った時、
「きっと彼女は、俺のことなんか気にも留めないだろうな」
と考えると、
「俺がそこまでして彼女の面倒を見るだけの勇気があるというのだろうか?」
とも考えた。
もちろん、
「そこまでの覚悟がある」
とは言い切れない。
かといって、警察に連れていっても、結局は、別れに近い形になるのは間違いのないことで、結局、
「苦しむのは自分だ」
ということであった。
こうなると、
「どっちが得で、とっちが園田」
という、
「損得関係」
ということになるだろう。
しかし、実際に考えてみると、問題は、
「どっちにすると後悔が残るのか?」
ということであった。
「もし、後悔が残るとすれば、一生の問題ということになる」
と考えると、
「簡単には結論が出ない」
と思えた。
かといって、何日も引っ張るわけにはいかない。
時間が経てば経つほど、
「決心が鈍る」
ということで、判断力も低下してしまうに違いない。
それでも、結論を必要とするということであれば、ある程度のところで、覚悟を決めないといけないだろう。
ということは、
「問題は、覚悟を決められるかどうか?」
ということである。
結果というのは、どちらかを選んだ時点で、
「もう一方がどうなるか?」
などということは分からないのである。
つまりは、
「決意だけが、真実」
ということになるのだ。
それを分かっていないと、やみくもに考えることになり、結果、
「結論も、覚悟もできない」
ということになり、
「手遅れ」
ということになりかねない。
手遅れになった時点で、後手に回ったことに違いなく、
「選択が誤っていた」
ということになるのだ。
それが、
「後悔につながるわけで、覚悟ができて、どうするかが決まってしまうと、そこから先は、起こったことが真実」
ということで、
「事実が真実」
ということになるのだ。
そこまで考えると、坂上は、
「彼女を警察に連れていくことはできない」
という結論を出したのだった。
とはいえ、
「覚悟」
ということに関しては、どこまでできているのか?
ということは分からない。
「覚悟を決めた」
といっても、結局は、
「つもり」
ということである。
つまりは、
「覚悟というものには段階がある」
といってもいい。
最終的な覚悟というと、
「彼女とともに、死ぬ覚悟があるか?」
ということになるのだろうが、
「まさか、そんな覚悟があるわけもない」
だから、せめて、今言える覚悟としては。
「自分が後悔しない覚悟」
ということであり。それは、結局、
「自分を納得させられるか?」
ということになる。
要するに、
「最終的には自分のことになる」
ということなのだ。
そもそも、彼女という人間を知っているわけではない。
今日会ったばかりで、しかも記憶を喪失しているわけではないか。
そんな人に対して、
「覚悟がある」
といって、その覚悟の証明などできるはずがない。
結局は、
「自分に向けられた覚悟」
ということで、今言えることは、
「後悔しないこと」
しかなく。その後悔というのは、
「自分が納得できるかできないか」
ということにかかっているわけで、
「どこまで自分を正当化できるか?」
ということを、少し違った言い方をすれば、そういうことになるのであった。
ただ、それが、
「彼女に対しての恋愛感情に発展するかしないか?」
ということで変わってくる。
正直、今は、
「彼女に恋愛感情はない」
といってもいい。