覚悟という錯誤
「風俗業界とまったく無関係だ」
とは思えない。
そういう意味でも、
「彼女を警察に渡してしまう」
というのは、坂上にとっては、
「耐え難いことだ」
といってもいいのではないだろうか?
そんなことを考えていると、
「彼女の記憶が戻るのは、本当に幸せなことなのだろうか?」
と考えたのだ。
もし、
「風俗に関係のある記憶」
ということであれば、
「思い出さないことが幸せなのではないか?」
と考えると、
「このまま、俺が一緒にいてやることが一番なのではないか」
と思うのだった。
坂上は、
「自分が末っ子だ」
ということで、学生時代から、
「俺は別に家族の中で大切にされていない」
と思っていた。
彼の家は、父親が会社をやっていて、というか、小さな町工場だったが、そこは、長男が継ぐことは決まっている。
それを補佐するのは、次男であり、三男である自分は、家族からも、
「好きなようにすればいい」
と言われて育ってきた。
子供の頃には、
「兄貴たちがうらやましい」
と思いながらも、兄貴たちからは逆に、
「お前がうらやましい」
と言われてきた。
お互いに、自分たちというものが、
「気持ちがすれ違っている」
ということは分かっていたのだが、そのすれ違いがどこにあるのか、子供心に分かっていなかった」
しかし、次第に分かるようになってきて、兄貴が会社を継ぐための準備段階ということで、
「取引先の会社に、いわゆる丁稚奉公ということで、働きに出る」
ということになると、まだ高校生だった坂上は、
「どうして、そんなまどろっこしいことをするんだ?」
と理屈が分からなかったが、兄から、
「それは、仕方のないことさ」
と言われた。
「どうしてなんだ?」
と聞くと、
「社長たるもの、他の会社の隅々まで知って上で、会社内部を知る必要があるからさ。順番が違うと、せっかくの成長過程が台無しになってしまうということさ」
というのであった。
その時はよくわからなかったが、自分が就職することになると、その時の兄の言葉を思い出し、
「今自分が研修を受けている」
という過程が、当たり前のことだと感じるようになったのだ。
それを思えば、
「兄たちも大変だ」
ということが分かってきた。
それは、
「自分のことだけでなく、君主というものは、領民のことをしっかりと分かっていないといけないんだ」
ということであった。
それを思うと、兄たちが子供の頃、自分のことを羨ましがっていたことも分かる気がしたのだ。
子供の頃、訳も分からず、家を継ぐという目標に向かっての、
「帝王学」
というものの伝授があったからであろう。
それを思えば、
「俺の方が、自由なだけ気が楽なんだろうか?」
と思うようになった。
一応、今のところ、
「親の助けを受けずに、何とか仕事もこなせていけているので、それこそ自由だということであったが、もし自分に何かあれば、家族が放ってはおかないだろう」
ということで、
「まだ自分には砦がある」
と考えれば、それはそれで嬉しかった。
高校時代から歴史が好きで、
「城郭や、領主などというものに造詣が深かったのは、無意識ではあったが、兄たちや家族のことを考えていたからではないだろうか?」
と感じるのであった。
今は、若さというのも手伝って、精神的にも肉体的にも、
「少々無理をしても大丈夫」
という気持ちがあるからか、何とかできているのも、そのおかげだと思っていた。
だから、本当は、
「封建制度」
というのは、基本的に嫌いだと思っていたが、
「家族ということで、兄弟に危機が起こると、いざ駆けつける」
という気持ちは心の奥に持っていたのだ。
実際に、兄たちのために、行動をしたことも、兄たちが、坂上のために行動をしたことがあり、それぞれに、
「当たり前のことだ」
ということで、別に、
「帝王学には関係ない」
と思っていた。
今でもその感覚は変わっていないが、
「彼女を家に置く」
と考えた時、
「兄弟や家族の縁を切ることになるかも知れないな」
ということも、
「最悪」
ということで、脳裏をよぎったのであった。
もちろん、あくまでも最悪ということであり、それも、
「彼女が、予期もしない犯罪に巻き込まれているのだとすれば」
ということであった。
もっとも、そもそも、
「自分にはそこまでの覚悟はない」
とも思っていることで、
「自分の悩みは、まだまだ終わらない」
と思うのだった。
だから、
「無限に考えること」
といえるかも知れないし、これが、
「負のスパイラル」
なのかも知れないとも感じていたのだ。
だから、
「いざとなった時、俺はどっちを取るだろう?」
と、
「家族か彼女か?」
ということであるが、少なくとも、
「今の俺は、彼女のことしか頭にはない」
ということから、
「俺は結局、目の前のことしか考えられないんだ」
と思うのだった。
しかし、それは、
「彼女を助けたい」
ということではなく、
「自分を納得させたい」
という感情からきていた。
そこに、もし危険があったとしても、
「それでも仕方がない」
と考えるのは、あくまでも、
「他人事」
ということになるのであり、これが、家族や兄弟に関わることであれば、
「こんなに簡単に、判断できることではない」
と思うのであった。
「子供の頃から、自分たち兄弟は、いつも、家族とまわりを天秤に架けてきたな」
と兄弟で話をしてきたが、その結果として、
「いつも兄弟を選んできた」
しかも、その中でいつも、兄たちは、坂上に詫びを入れていた。
「お前が家を継げるわけでもないのに、そんな立場で、よく俺たちを助けてくれる気になったものだ。お前は本当に偉い」
と言われた。
「くすぐったいな。俺はそんな大それたことは考えていないさ。ただ。兄弟だから助けたいと思っただけさ。それに、俺は兄貴たちよりも気楽だからな」
というと、
「それがお前のいいところなんだ。俺たちは、これからも、ずっと兄弟だ、困ったことがあったら、いの一番に相談してくれ」
と言ってくれたものだった。
実際に、それを聞いて、
「いざとなれば兄貴たちがいるじゃないか」
ということで、
「何かあれば、相談すればいいんだ」
とタカをくくっていた。
しかし、そこまで言われると、今度は、
「意地でもいえなくなっちゃったじゃないか」
という思いもあったのだ。
だから、今回のことも、
「本当に切羽詰まれば分からないが、それまでは、自分で何とかしよう」
と思っていた。
しかも、その思いは次第に強くなってくる。
実際に、一番最初は、
「兄貴たちに相談すればいいことだ」
ということで、最初から、
「丸投げしよう」
とまで思っていたほどだった。
「兄貴たちなら、俺のために何とかしてくれる」
と思い、さらに、
「俺は兄貴たちに貸しがある」
とまで思っていた。
実際に、
「貸しがある」
と思った時の感情を忘れることはない。
忘れられないほどの感情だったことから、今度は、
「兄貴たちに頼ってはいけないんだ」