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裏の裏

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 医者の方は、それを、
「はあ、まあ、そうですね」
 と、こちらも、ポーカーフェイスで、さらに曖昧さを含ませてこたえた。
 どちらもタヌキと言えば、タヌキである。
 そもそも被害者は、今までは、
「普通の記憶喪失者と同じ状態だった」
 といってもいい。
 自分が生活をするうえで、困らない程度の意識だけは持っていた。
 食事の摂り方、電車の乗り方などは覚えている。
 その電車に関しても、
「路線図のようなもの」
 というのは覚えていて、たとえば、自分が利用している電車の路線の駅名や、その配列のようなものは覚えているのだが、自分の家が、
「どの駅から乗るのか?」
 あるいは、
「会社がどの駅なのか?」
 ということは分かっていない。
 だから、彼にとっては、自分の家も会社も、
「初めて見る」
 という感覚だったのだ。
 考えようによっては、
「都合のいい記憶」
 にも見える。
 その都合のいい記憶というのが、
「清水刑事」
 という名前だった。
 もちろん、それが別管轄の刑事で、
「行方不明になっている人だ」
 ということまでは分からなかったが、関係があるということで、事件に一つの穴が開いたということに間違いはなかったのだ。
 こちらの想定外の覚え方をしているのだ。
 電車の路線図や駅名、さらに配置まで覚えているのに、自分の家を覚えていないというのは、
「わざと記憶から消しているのでは?」
 とさえ思えるほどだった。
 しかし、主治医といえども、記憶を失った人が、どう考えているかなどということを把握できるわけなどない。
 なぜなら、
「被害者とは、被害者が事件にまきこまれてからこっちの半年間のことしか分からない」
 しかも、記憶を失った状態なので、それまで彼が生きてきた人生をはかり知ることなどできるはずがないのであった。
「それが分かるくらいなら、心理学でトップになっているさ」
 ということだ。
 だから、医者としても、
「必要以上に、患者を刺激して、せっかく取り戻させている記憶を遮るようなことはしたくない」
 という思いと、
「記憶喪失になったのは、思い出したくないことを潜在的に感じているから、その心理的作用から、このようになっている」
 と考えると、
「本当は刑事に協力する」
 というのも、はばかりたいところではあった。
 だから、いつも、刑事に対しては、
「できれば、15分程度でお願いできますか?」
 と時間を区切っていた。
 この15分というのも、何かの科学的な基準からではなく、あくまでも、
「曖昧な時間」
 ということであった。
「必要以上に刺激できない」
 ということと、
「どうせ、刑事が何を聞いても、新しいことが出てくるわけはない」
 ということで、その時間が、患者にとって、
「不要な焦り」
 につながってしまうと、そこから、心痛というものが生まれてきて、それに対しての拒否反応から、余計な苦痛を患者に味わわせることになってしまう。
 それだけは、
「医者としてはしてはいけないことだ」
 と考えていたのだった。
 今回の事件において。
「被害者が忘れてしまったことが、どこまで大切なことなのか?」
 ということである。
 それを思い出し、警察に協力はできたとしても、それでも、
「犯人逮捕には至らなかった」
 として、もし、
「被害者が何か記憶において急変して、予期せぬ行動にでも出て、取り返しがつかないことになってしまったとすれば」
 と考えると、
「とてもではないが、医者の立場からも、容易に警察に協力するということもできないだろう」
 と考えた、
「警察が頻繁に記憶のことを聞いてくるということは、それだけ、他に真新しい捜査に関しては、膠着状態なんだろう」
 と医者は感じていた。
 まさしくその通りで、なんといっても、事件は半年も過ぎていて、いまだに相も変わらずの捜査なのだから、警察としては、
「このまま放ってはおけない事件」
 ということであるが、あまりにも、この事件に関しては時間が経ちすぎているのであろう。
 ただ、
「半年も過ぎているのに、まだこの事件を捜査しているということは、半年前が最初の事件ということで、類似事」
 つまりは、
「同一犯による犯行」
 と思しき事件が、
「定期的に発生している」
 ということであった。
「連続通り魔事件」
 といっていいのかも知れないが、そうではないのかも知れない。
 だから、それぞれに捜査本部があるかも知れないが、医者はそこまで知らなかった。
 実際には、捜査本部は別々にあったが、途中から一つにしたのだ。
 それは、
「同一犯の犯行だ」
 という可能性が高まったからだ。
 というのは、
「最初の事件ほどではないが、犯人の行動パターンには、一定の法則があった」
 ということである。
 つまり、
「他の犯罪では到底考えられないような、奇妙な行動を、犯人がしている」
 ということである。
 というのは、
「一連の事件で、被害者は、ナイフで切り付けられ、重症の患者もいるが、そのすべては命を落としているわけではない」
 ということなのだが、さらに不思議なのは、
「どの事件現場にも、別の種類の血液が混じっている」
 ということだった。
 もちろん、一見すれば、
「二種類の血が混じっている」
 などということを分かるはずがない。
 ただ、最初の事件での、
「二種類目の血」
 というものが、あまりにもあからさまだったということから、他の事件においても、
「血液検査」
 というものが行われた。
 そして、
「二種類の血がある」
 ということを発見したのだ。
 しかも、その種類の血は、
「明らかに人間の血で、血液型は、すべて同じ、B型の血液だ」
 という。
 そして、その血は、
「はっきりとは分からないが、すべてが、別人の血のように思える」
 ということだったのだ。
「ということは、被害者の血液型がB型だったときは、二種類の血液があるということに気づかない」
 ということになるのだった。
 この事件の特徴は、そこにあるのだが、いかんせん、そこまでわかってはいるが、そこから先がどうしても分からない。
「なぜ犯人が、そんなおかしな行動に出るのか?」
 ということであり、逆に言えば、
「その謎が解ければ、事件は、劇的に進歩するのではないか」
 ということであった。
 警察の捜査というものが、どこまで信憑性のあるものかということを考えると、
「証拠のような物理的なものだけではなく、そこからどれだけの推理が必要になってくるか?」
 ということが、
「事件解決には不可欠だ」
 といえるのではないだろうか?
 今回の事件解決のために、どこまで被害者の記憶が必要なのかということは、医者には分からなかったが、少なくとも、
「これが連続犯による通り魔事件だということになると、事件を急いで解決しないといけないということは、火を見るよりも明らか」
 ということであろう。
 秋元刑事は、先生に、
「今日は少し多めの時間でかまいませんか?」
 と尋ねたが、医者の立場としては、今までの決まりを変えることが怖くて、
「いつもと同じ時間で」
 としか答えようがなかった。
 それは、
作品名:裏の裏 作家名:森本晃次