最後の天使
というものが自分の中にあった。
まるで、
「母親の羊水の中に浸かっているような感じだ」
と思うのだ。
そして、実際に、
「女を抱く」
ということになると、
「母親の羊水の中にいる」
という感覚を、精神的にも肉体的にも同時に味わっているという、
「夢見心地」
に陥るのであった。
それが、
「余裕がもたらしてくれた快感」
ということであり、
「精神的な余裕がもたらしてくれたことなので、悪いことをしているという感覚は最初からない」
と思っていたのだ。
だから、
「少々無理をしても、こじれることはない」
とタカをくくっていた。
だから、講師になったから、数人と関係をもってきたのだった。
そして、
「もし道を誤るとすれば、それは、主婦に手を出した時ではないか?」
と最初から思っていたはずなのに、
「気が付けば、主婦が相手だった」
ということもあった。
生徒でくる中で、まだまだ幼い感じに見える人でも、実際には、
「主婦だった」
という人もいて、関係を持った後で、
「そうだったんだ」
と感じるのも少なくなかったのだ。
それで怖くなって、
「生徒に手を出すことは辞める」
ということはなかった。
むしろ、余計に、
「覚悟のようなものが決まった」
といってもいいのか、実際には、
「覚悟」
というものがないにも関わらず、
「自分に都合のいい解釈での覚悟」
というものを固めたことで、本来であれば、
「余裕というものが、いい方向に向いていたはずなのに、その気持ちが、ひとたび悪い方になびいていくと、そのひどさは、逃れられないものになってしまった」
ということである。
「一度踏み込んでしまうと、なかなか抜けられない」
という、アリジゴクのようなものだといってもいいだろう。
ここの講師になってから、何人の女と関係を持ったというのだろう?
「よく今まで誰にもバレずにこれたものだ」
ということで、本来であれば、
「いつばれてもおかしくない」
ということで、怖い思いを絶えずしなければならないということから、
「少しは、態度を改める」
ということがあっても不思議はないだろう。
それなのに、
「白石は相変わらずだ」
ということであった。
そんな白石に対し、
「青天のへきれき」
というべきか、
「いきなり襲ってきた悲劇」
ということになるだろう。
いつものように、講習を終えてから、皆が帰るまで、少しの間教室は開放されていた。
この日の二部目の講義ということで、
「この後、スタッフは、自分の仕事を少しこなして、帰るだけ」
ということで、教室をあえて、掃除はしない。
掃除は、講義が始まる前に、一部目のスタッフが行うからだった。
つまり、この教室の掃除を受け持つのは、
「これから講義室を使う」
というスタッフだったのだ。
だから、講義が終わったあとの講義室は、
「生徒にしばし解放される」
ということであった。
ほとんどが歓談時間ということで、
「これから、どこかで食事でも」
という会話であったり、
「家に帰ってすることがあるので、カフェによる時間はない」
という主婦などは、ここで時間が取れることがありがたかったというのだ。
そんな講義室に残って、その日も、数人の人たちが歓談していた。
そこには二組あり、
「いつものメンバーがいつものような歓談」
ということだったのだ。
会話が進んで10分くらいが経った頃だっただろうか。皆の会話も、結構賑やかになっていたところであったが、そこに、一人、なだれ込むように入ってきた人がいた。
一人の女性が、
「先生」
と声をかけて、身体を硬直させるように、不安そうにその様子を見ていた。
まわりの女性もそれを見て、不安そうに震えている。
先生と呼ばれたのは、白石講師であり、なだれ込むように倒れこんできたのは、首を抑えて苦しそうにあえいでいたからだ。
「うっうっ」
と何かを言おうとしているのだが、声を出すたびに苦しそうにしていることと、意識がもうろうとしているのか顔色が悪いわりに、目はカッと見開いているからだった、
口は半分開いているようだった。
何かを求めて入り込んできたのだが、白石は、何かを探しているようだった。
そして教壇の横にある、講師が座る机の上に置かれている花瓶に気づいて、慌てて、その方向に走り寄っているのだった。
それでも何かを言おうとしているのだが、苦しそうに首を抑えながら、必死になって、その机に近づいていって、そこに活けてある花を金繰り捨てるように、放り出すと、目をつぶって、そこの水を飲みほしたのだった。
少し落ち着いたように見え、まわりが余裕を取り戻そうとしているその隙を当てえることなく、またしても、白石が苦しみ始めた。
今までの苦しみとは、段違いといってもいいほどの苦しみ方、のどをかきむしるようにして、さらに、目をカッと見開いた。
これも、さっきとは比べ物にならないくらいにひどいもので、手は震えながら、虚空を掴もうとしているのだった。
さすがに、そこにいた生徒も、事の重大さに気づいたのか、
「キャー」
と悲鳴を上げる。
一人が叫ぶと、それまでの呪縛が取れたかのように、他の女性も悲鳴を上げる。
さすがに、教員室にいた他のスタッフもびっくりして、講義室に駆け込んでくる。
そこには、すでに、動かなくなった白石が、
「手を虚空を掴もうとし、真っ青な顔いろに、断末魔の表情を浮かべた」
という、
「世にも恐ろしい形相」
で、
「そこにいた人のほとんどが、トラウマになってしまう」
かのような状態になるのであった。
駆け付けたスタッフもしばし、何が起こったのかわからず、立ちすくんでいたが、
「警察。救急車」
と叫ぶ人がいたので、素早く連絡が取られた。
しかし、駆け付けてから、まったく身動きをしようとしない白石が死んでいるというのは、歴然としたことであった。
それから警察がやってくると、素早く紀勢線が貼られ、その場所が、一気に、
「事件現場」
として、テレビでみるような喧騒とした雰囲気に変わっていくのであった。
警官や鑑識が忙しく、立ち振る舞っているところに、刑事であろうか、スーツ姿の二人が、いろいろ指示を出している。まさに、刑事ドラマそのものであった。
警察が駆けつけてきた時には、すでに死んでいるのは明らかであった。
なんといっても、断末魔の表情から、実際に顔を向けることのできなかった人にとって警察が来てびっくりしたのは、白石講師が倒れている顔の先が、真っ赤な鮮血で染まっているということであった。
だから、そのあと刑事から、
「これは、殺人事件の可能性があります」
と言われても、びっくりはしなかったのだ。
どちらともいえないが、首のまわりに、絞められた跡があるということで、吐血も気になるが、
「今のところ、どちらもありえる」
ということなのだろう。
まわりにいた人は、まだ正直なところ、事の重大さに気づいていなかった。
というのが、
「そこにいた自分たち全員が容疑者だ」
ということをであった。
そこで、