小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

花丸重工株式会社の天下り大作戦

INDEX|5ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 餌タンクを棒でこんこんと叩き、餌が少なくなってきたら飼料会社に電話して配合飼料を運んでもらい、伝票にサインをもらう。伝染病を持ち込まないように車両と長靴を噴霧消毒するようドライバーを監視する。これをさぼる奴が多いのだ。死亡した鶏の数を集計して一日十羽以上に増えたら、伝染病を疑ってマネージャーに報告する。ヒナが入荷したら、二十日目に嘴の先端を切り取るデビークを行い、同時に獣医師の指示でワクチンを接種する。生まれて初めて注射器に触った。施設の補修、水のパイプラインの点検。毎日やっているうちに気が付いた効率的なパイプラインの配置を図面にしてマネージャーに提示した。これはわかりやすいねと言われた。元プロだから図面書きは得意だ。養鶏場の仕事にも慣れて行った。
 ネットの情報では、豪華客船内で伝染病が発生して大問題になっているようだ。自分も設計に参加した船だ。連日この船の問題がニュースで流れてどきどきした。変なことが起きなければ良いのだが。
 マネージャーからアユ釣りに誘われた。
アユはコケを食べる。コケには原発事故から出たセシウムが蓄積しやすい。セシウム137の半減期は約三十年だから天然アユは当分食べない方がいいとアドバイスしたら、あんた学があるね、本当に高卒なの? と言われて冷や汗をかいた。
 マネージャーが自分の娘が大学に進学したことを自慢していて、自分にも娘がいたということを思い出した。娘には会いたい。長女に電話してみた。着信拒否にはなっていなかった。
「本当に、本当に申し訳ない。迷惑をかけている。パパだ。今どうしている」
「大学を続けたいから、スナックで働いている。今どこにいるの?」
「今山形県の○○市の養鶏場で働いている。スナックではどんなことしているんだ?」
「妊娠と中絶」
「えっ、それはどういう意味だ?」
「言葉のとおり。どうせ水商売なんて売春と同じ。中絶は体にきついけど、お金になる。女は傷つけば傷つくほど味が良くなるとか言って避妊無しのセックスにいっぱい金を出す男はたくさんいるの。親に似て見てくれが悪いからこんなことでもしないとやっていけない」
「そんなバカな話があるか!」
「私はパパみたいに現実から目を背けてすべてを失うような愚か者にはならない。どんなことをしてでも大学を出て、死に物狂いで頑張って幸せになる。それからママみたいに男や大企業なんてものも信じない。わかったか、この愚か者!」
 通話は切れた。それからは着信拒否だった。
 私は泣き崩れた。
 この土地には西日本とは似ても似つかない植物が生い茂り、それは冬の到来とともに枯れ果てる。しかし寒さを耐え忍ぶと爆発的に美しい春が始まるのも東北である。
 小春日に残雪が輝いていた。早春恒例のオールアウトが始まった。鶏舎の鶏を全部出荷してから、設備を全部冷たい水で洗浄するきつい作業である。二十五人のベトナム人は南国育ちなのに見事な忍耐力を見せていた。
 黒い大型ベンツが揺れながら急な砂利道を登ってきた。大男がゲートの南京錠をハンマーで破壊して侵入してきた。
「見つけたぞ、小野寺常務! よくも逃げ出したな! うちの会社は今酷いことになっているぞ。お前の娘はたった三万円でお前がここにいることを教えてくれたぞ! このウジムシ野郎を捕まえろ!」
 怒鳴り声を挙げたのは、黒いスーツに身を包んだ花丸倉庫の藤原役員だった。寒さと怒りで真っ赤に顔が充血し、目が釣りあがっていた。
 藤原は最近、大学の先輩の花丸重工株式会社の重役から直々に電話を受けていた。
「このバカ者! とっととあのウジムシを捕まえて海に沈めろ! そんなことだから毎年資本注入を要請するはめになるんだ。お前が大学時代に男性専用マッサージ店でアルバイトしていたことをばらしてもいいのか!」
 そのマッサージ店の売り文句は「逞しい男が裸であなたをもみほぐします!」というものだった。もちろんアフター付きである。藤原はそこで学費を稼いだ。
大学相撲部の上下関係は絶対で、しかも弱みを握られてしまっては頭が上がらない。バイト先も相撲部屋も、そして就職先も先輩に紹介してもらった。藤原にとって大学相撲部の人脈は社会のすべてであり、先輩の花丸重工役員は『絶対神』であった。
 藤原の手下が駆け寄ってきて、私は押し倒され殴られた。
「サイトウさんをいじめるな!」
 大声を挙げたのはベトナム人のゴンちゃんだった。小柄な男であるが、ベトナム武術の達人とのことで、両足をそろえてテーブルを軽々と飛び越えることもでき、一目置かれていた。
 藤原は叫んだ。
「すっこんでろ、ちびの外国人のくせに!」
 ゴンちゃんは次の瞬間、泡洗浄機の泡をフルパワーで藤原の顔に噴射した。怪鳥の叫びのような甲高いベトナム語で何か指示すると他のベトナム人たちが一斉に高圧洗浄機の冷水を吹き付け、あるいはデッキブラシで藤原たちに殴りかかった。
 ゴンちゃんは叫んだ。
「サイトウさん、逃げる! 逃げる! どうぞ! どうぞ!」
 私は、藤原の乗ってきたベンツに乗りこみ、強くアクセルを踏み込んだ。
 この車の加速はなんだ! 私は後ろにのけぞった。
 大形ベンツは下り坂のカーブを曲がり切れずにがけから飛び出し、空中に飛び出した。
 この車は空を飛べるのか? まさか!
 と思った瞬間、下からの強い衝撃。そしてバウンドと回転を繰り返して落ちて行った。
 あー、助けてくれ!
 ベンツは大木にぶつかって停止した。エアバックのおかげで私は無傷だった。
 潰れたベンツからなんとか這い出たが、目が回って歩けない。
 別の自動車が残雪を舞い上げて止まり、強い力でその中に引き込まれた。
「小野寺さんですね! 大丈夫ですか? とりあえずこの場から逃げましょう」
 猛スピードで自動車を運転しながらその男は自己紹介した。彼は新聞記者、名前は丹沢と名乗った。黒いセーターの上からも筋肉が盛り上がっているのが見えた。大学ラグビーをやっていたそうだ。ジャーナリストになったのは不正をただして世の中を良くしたいからだということ。
 このところ花丸重工製の客船の乗客と乗組員からウイルス性の伝染病が広がって大問題になっていて、その理由を探っているが、ガードが固くて調べられない。元造船技師で行方不明になっている小野寺という人物に興味を持ち、調べていたという。娘が三万円と引き換えに小野寺の居場所を教えてくれたとのこと。
私は花丸重工の客船は残飯を保管する場所への動線と食料品を調理場に運搬する動線が重複していて衛生上の問題があることを教えた。
 衛生マニュアルを作って適切に対処していることになっているけど、クルーズ船運営会社は労働組合を作らせないためにいろいろな国の人を船員として雇っていて、マニュアル通りの運用はできないから、適切な衛生管理なんて絶対に無理だという内部事情も詳細に教えた。
 設計事務所の看板が目に入った。CADをお借りして客船内の立面図と平面図を作成して渡した。丹沢さんは狂喜した。命の恩人には大サービスだ。
こうして再び逃亡生活が始まった。丹沢さんは私の二つめの偽名「タナカショウゾウ」の身元保証人になり、社会との接点になってくれた。