花丸重工株式会社の天下り大作戦
丹沢さんはスクープをものにして一躍有名になった。私は内部告発をして社会正義を貫き責任を取って隠遁生活をしている正義感ある匿名の造船技師と言うことになった。ネットで話題になり、私宛にクラウドファンディングで世界中から約一千万円の寄付が集まり丹沢さんに送られた。私は全額を娘に送金するように丹沢さんに依頼した。
花丸倉庫から命を狙われていることについても丹沢さんに相談した。
「行方不明から八年たつと行方不明者は死者扱いになって保険金が花丸倉庫に支払われる。そうなったら、命を狙うことは無いでしょう。それに八年たつと人は忘れ去られるものです」とのこと。
新たな就職先は引越会社。この業界は人手不足で困っているので、バイトの働き口はたくさんあった。身元の詮索は深くはされずに無事に採用された。
朝は7時半出勤ですぐに事故事例対策の打ち合わせや目標の確認が始まる。柔軟体操をしたあとトラックに乗り込み出動。転勤シーズンは残業が山ほどある。夜11時を超えることもあった。厳しい肉体労働と規則、そして少し高めの賃金が支払われた。私は高校生の頃は陸上部にいたため体力には自信があったのだが、さすがにこの歳では厳しい。丹沢さんのアドバイスで食事に気を遣うようになり、サプリメントを飲み、酒と煙草を止めた。埃を吸い込むため鼻炎を患い、大量の黄色い鼻汁がでるようになったので鼻うがいをするようにした。
ベテラン社員は中高年の私を気遣って軽めの仕事配分をし、親切に仕事を教えてくれた。
「その年でよく、この仕事に応募しましたね。ぼくは高卒でこの仕事に入ったけど、運動部出身じゃなかったから最初はめちゃくちゃきつかったですよ。僕以外の人は運動部経験者が多いですね。小山君なんかこの県の有名な高校野球部出身ですよ」
トラックの中では不良丸出しの会話をしていた若者が顧客を前にしたとたん、あどけない好青年に変身するのには驚いた。
段ボール箱を運ぶときには左手を下にして右手は上。そういうルールで荷物の受け渡しがスムーズになる。脇を急激に締めることで体幹のパワーが統一されて力が出る。という引越業のイロハを叩きこまれた。
九種類のクッションや二十種類ほどの用具の業界名を覚えた。細かい配慮に基づく用具の使用法は奥が深い。細かい注意を受けながら仕事を覚える毎日。
女性の正社員も何人かいた。みんな私より筋力があることには驚いた。柔道やレスリングをやっていたとのこと。こんな人間もいるのかという驚いた。
タンスを階段で二階に上げる時に「おい、重いから両手で下を持て!」と言われて手を持ち換えた。意識が下に行った瞬間にタンスが傾き頭を押した。私はバランスを崩してしまった。
がたん! がりがり!
タンスの角で壁に傷が付いた。
「この野郎おおおお!!」
相方の顔が鬼瓦のようになり、低い声を出した。挙げたこぶしをゆっくり降ろしながら肩を震わし、下を向いて怒りを抑えた。この人はかつてバイトを殴って降格を食らったことがあったそうだ。
会社の支店長から愚痴のような「指導」を受けた。
「ライバル会社は宅配便もやっていて、そこからバイトをたくさん引っ張って来られるから少しだけ料金が安い。だから営業マンは受注負けしちゃうこともある。年寄りでも殴らないから長く続けてね。やっちゃったもんは仕方ないから今後は本当に気を付けてくださいね」
ある社員は健全な相対主義を持つことが人間にとって本当の自由であり、そのためには不健全な相対主義に陥らないように毎日の肉体労働で地道に倫理感を鍛えることがなによりだと言い、ホッファーという哲学者の考えを実践しているのだと照れ笑いをして言った。
倫理とは人間本来の自由の実現のためにある。倫理に反することが制限されることで生まれる自然な自由を追求するのが引越業務の醍醐味などだとのこと。
ヘマをしてもクビになるだけで殺されるわけじゃない。私も体力が続く限り、この「自由」を味わって生きていくつもりだ。
こうして二年が過ぎた。暑い盛りは引っ越しが少なくて農家の草刈りのアルバイトもした。報酬はお金ではなく玄米なのがなんとなくうれしい。草むらから小さな虫やカエルが次々に出てくるのも楽しい。青空のあぜ道で汗を拭きながら丹沢さんからのメールを受け取った。花丸倉庫が倒産して清算され、銀行と大株主の債権放棄が成立したからもう逃げる必要はないとのこと。
丹沢さんの情報では娘は大学を卒業して東京で国家公務員となったらしい。国家公務員は親会社からの搾取などないし、男女差別は表向き無いことになっている。個人的なパワハラやセクハラは山ほどあるけれども、仕事が出来る人間に成ればすぐ解決するとのこと。昔のことは思い出したくないから、今はパパとは会わないとのこと。
今は会わないということは将来的には会うかもしれないということだ。胸を張って娘と再会する日を夢見て私は引越業務に熱中した。
私は住民票とリンクし、本名で引越業者の正社員に昇格した。
朝七時半、私は青い丸首シャツを着て、黄色い二トントラックの運転席に乗り込んだ。「配備されたばかりのエアサス車だ! ラッキー! これぞ最強駆逐艦!」
「今日は三軒、ダシ、ダシ、ウケです。最後にダンビキあります。よろしくね!」
相棒に声をかけて私は笑みを浮かべた。
※この物語はフィクションです。
作品名:花丸重工株式会社の天下り大作戦 作家名:花序C夢