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花丸重工株式会社の天下り大作戦

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「少しは会社の経営に危機感を持ったらどうでしょうかね。裏の貸借対照表を見ればどういう状況かわかるでしょう。社長が無能だから仕方ありませんね。代わりはいくらでもいるんですよ。ピータードラッカーの本を読むといいかもしれませんが、どうせあなたが読んでも豚の耳に念仏でしょう」
 社長は頭をへそより低く下げて、涙声で言った。
「面目もございません。御社から一騎当千の優秀な人材を十名も頂いておきながら業績を向上させられないのは、全くもって私の不徳の致すところです。一騎当千の優秀な役員を十名も、さらに社員としては二名も御社から提供されているのは、花丸重工株式会社のご期待の表れと肝に銘じております。心を入れ替え、赤心をもって業務に励みますので何卒、良しなにお願い申し上げます。ピータードラッカーの本はよく読ませていただきます。ご指導ありがとうございます」
 仕事をしない天下りたちへの当てこすりであることは明らかであるが、私自身どのような改善策を示せるのか想像も付かなかった。
 藤原は社屋に戻ると市内の本屋に電話をかけた。
「おい、ピータードラッカーの代表的な本を適当に見繕って十冊持ってきてくれ。金は払うぞ! あー? 何だって! そういう配達サービスは行っていないだと! うちは大企業花丸の子会社だぞ。非常識だ!」
 その日の夜、対岸の花丸重工のドックで建造中の十万トンの大型客船が黒々とした山並みを背景にしてごうごうと燃えていた。何者かに放火されたらしい。
消防署長は花丸重工の事務所で設計図の確認と打ち合わせを行った。大会議室のテーブルには設計図が拡げられていた。
 消防署長は言った。
「大変申し上げにくいのですが、爆発の危険があるので、消防士を船内に入れることができません。沖へ曳航して沈めるしか鎮火させる手段はありません」
 花丸重工株式会社社長は怒鳴り声をあげた。
「船の廃棄は認めん! 機関室に水をいれたら期日内に竣工できなくなるからそういうことがないようにしろよ。もし水を入れたら、政治家を使ってあなたの怠慢と暴言の責任を取ってもらうぞ。うちは国策会社だ。たかが消防士の命なんてこういう非常事態に使うもんだろうが!」
 数か月後には紆余曲折を経て新造船が完成した。船会社の意向で海外産の食料品と酒類を大量に積み込むことになり、申請行為の代行業務が花丸倉庫の通関代理店部に依頼された。花丸重工からはクライアントである船主の意向を尊重するようにという厳命が下された。
 谷口課長が言うには、農林水産省は理屈もへったくれもない行政指導を振り回す日本経済のガンとのことである。
「今年転勤してきた田島という出張所長は頭の固いバカでして、規制緩和の時代だと言うのに、前所長とは違う変なことを言うんです。法的強制力がないことを強く主張すれば、必ず向こうは折れますから常務がガツンとやってください。岩盤規制を打破して新時代を切り開くのがわが社の崇高な使命ですから、がんばってください!」
 自分の存在感の見せ所であるから、がんばろうとその時は思ったのだが。
 打ち合わせの時間には1時間遅れて行くのがこの地方での花丸の流儀であり、そうやってこちら側の威厳を見せつけるのである。それは花丸時間と呼ばれていた。無精ひげを生やした、いかにも頭の悪そうな顔をした田島と言う出張所長は、うつむきながら本当にいいんですかねえ? と自信なさげに言った。
「法律的にはやってはいけないというのはないですが、御社的には社会に対する説明責任と言う点から問題がありまして。まあ何と言うか行政指導に従うことをお勧めします」
「これは輸入じゃなくて積み替えです。外国から来た貨物をクルーズ船に積み替えるだけなんですよ。日本をすぐ出ていく貨物なんだから日本政府が文句をいう筋合いはない! どんな結果が起きようとも責任はわが社がとります。前回と同じように大臣あての念書を書きましょう。私たちは英語も専門知識もないから仕方がない。地域の発展のために一肌脱いでください。我々には政治家もバックについているんですよ。ご自分の将来をよく考えてください。これで決まりだ!」
 両手で机を叩いて絶叫すると田島と言う男は、涙目になった。
 本当にいいんですか? 上部機関に報告するので少々お待ちください、と述べた。
 この客船が竣工して一か月後、私は花丸倉庫社長に呼び出された。
「この記事はどういうことでしょうか!」
 全国誌の新聞に『輸入検疫不合格の畜産物、豪華客船に積み込み!』との大見出しである。花丸倉庫が伝染病発生地域で生産された安い畜産物をこの港で客船に積み替えて利ザヤを稼いでいたということになっている。
 マスコミからの電話が鳴りやまなかった。担当者が不在ですと言うと、ではそちらで待たせていただきますということになり会社の事務所のドアの前にはマスコミ、野次馬などが集まってきた。
 聞いたことのない団体の代表から社長に会わせろ! と言う低音のドスの効いた声の電話もかかってきた。
 社長は役員を集めて静かに言った。
「小野寺常務! 通関代理店業務の担当役員としてこの状況を説明してください」
「積み替えは輸入ではなく日本の法律は適用されないので、行政指導は柔軟にすべきだと言っただけですが、こんなことになって非常に残念です。情報がどこから漏れたのか調べますのでお待ちください」
 自分以外の九人の天下り役員全員が口を極めて、私を罵った。
「常務! 通関代理店は代書屋とは違うんだ。申請内容には責任を持たなければならない。リスクマネジメントは通関代理店のイロハだぞ! クルーズ船会社は伝染病の発生地域から安い畜産物を買って利ザヤを稼いでリスクだけをうちの会社にかぶせていたんだ!」
 山際は胸倉をつかまれてぼろ雑巾のように壁にたたきつけられた。
「てめえは荷主のクルーズ船運営会社から賄賂をもらって便宜を図ったな。収賄罪で警察に告発してやる」
 谷口課長は手のひらを返して大声を張り上げた。
「小野寺常務! あれほど止めた方がいいと言ったじゃありませんか! 農林水産省は科学者の集団なんです。科学者を相手に英語も専門知識もないから仕方がないなんて理屈もへったくれもない規制緩和を要求してただで済むわけがないでしょう」

 〇〇新聞です! 開けてください!!
 大勢のマスコミが事務所のドアを叩いていてガンガンと大きな音が鳴り響いていた。みしみしと音がしており木製のドアが壊れるのも時間の問題だ。
 花丸倉庫社長がドアを開けて言った。
「お静かにお願いします。本日午後三時から駅前の花丸ホテルで記者会見を開きます。出席を希望される方はお名刺をこの箱の中に入れてください」
 突然、山際が窓を開けた。強い風で書類が舞った。
「あっ、何をする!」
 山際が窓から飛び降りた。この階は三階である。
 窓から見下ろすと黒いアスファルトの上にスーツを着た若い男がうつぶせに倒れていた。ゆっくりと立ち上がり、足を引きずりながら去っていくのが見えた。    
 机の上には殴り書きの置手紙が残されていた。