時間差の悲劇
というものによるわけではなかった。
たった一つの事件が起こったことで、二人はそれまでとは正反対の人生を歩むことになるのであり、そのことを、一時期は、
「思い出したくもない」
と思い、
「それを自分の黒歴史」
と感じていたが、実際には、
「かなり経ってから、どうして、離婚を感じなければいけないのか?」
という不思議な感覚に陥ったのである。
そう、二人は結婚はしていない。結婚寸前になり、二人に襲い掛かった事件。それは、結婚というものが煮詰まってきて、
「結婚のための準備に、忙しく動き回っている」
という頃のことだった。
二人は、ちょうど、ウエディングドレスの打ち合わせに、仕事が終わって待ち合わせ、閉店間際ということであったが、時間的に何とかなりそうなので、店に向かってから、相談を終えたそのあとだった。
腹が減っていたこともあって、
「海の見えるしゃれたオープンカフェでの夕食となった」
そこでは、夏になると、カップルが多く、
「夜景を見ながら」
というのが売りだったのだ。
だから、店も結構遅くまで営業していて、自分たちの他には3組の客がいて、きれいな景色を見ながらの食事を、最高だと言いながら楽しんでいたのだ。
そのまま普通に帰ればよかったものを、
「近くにきれいなホテルがある」
ということで、誘ったのだ。
カフェを出てから、ホテルまでは、近道として、
「倉庫街」
になっているところを通ればいいというのは、リサーチ済みで、
「仕事が終わってからの打ち合わせの後の食事」
ということで疲れもあるということが分かっていたので、つい、近道をしようということになったのだ。
しかし、それが悪かった。
ちょうど、倉庫街で、反ぐれ連中が、とぐろを巻いていた。
そんなところに、カップルが、
「迷い込んだ」
というような形になったのだから、相手からすれば、
「飛んで火にいる夏の虫」
ということで、
「しまった」
と思っても、後の祭りだった。
男たちのぎらついた目は、香織に注がれる。しかも、
「いや、助けて」
と言って、叫べば叫ぶほど、男たちは興奮の度が増してきて、それこそ、
「こいつら異常だ」
ということを、今さらながらに、思い知らされた気がして、抵抗はするが、心の中で、
「もうダメだ」
という気持ちになってきたのであった。
必死になって逆らっているつもりだったが、次第に手が震えてきて、手に力が入らなくなる。
「こんなことになるなんて」
と思いながら、心の中で、
「どうすれば一番被害が少なくて済むか?」
ということばかり考えるようになった。
最初こそ、
「香織を助けなければ」
とは思っていたのに、そのうちに、自分が、
「殴る蹴る」
ということをされているうちに、
「自分がいかに助かるか?」
ということだけを考えるようになっていたのだ。
結果として、
「気絶してしまえばいいんだ」
と感じるようになり、実際に、殴られて気も遠くなってきたことから、本当に意識がなくなってしまった。
その時には、
「香織はどうなったんだ?」
という思いもないわけではなかったが、
「すっかり見捨ててしまった自分が、このまま意識を持っていてはいけない」
という感覚から、
「完全に意識を失う」
という行動に走らせてしまったということになるだろう。
それから気づいた時には、病院のベッドで治療を受けていた。
腕に天敵の針が刺さっていて、点滴治療を受けていた。
見知らぬ背広姿の男が二人、心配そうにこちらをのぞき込んでいたが、こちらが気づいたことで、ホッとした様子だった。
どこかに、携帯で連絡をしているようで、
「男性の方は気が付きました」
と言っている。
その時、ひらめいたこととして、
「じゃあ、香織はまだ気づいていないということか?」
と感じたのだが、それに間違いはなかった。
二宮としても、何とか意識は取り戻したが、
「何が起こったのか?」
ということを思い出すまでに、少し時間がかかった。
ただ、
「表情がゆがんでしまうほどに、いやなことがあったんだ」
ということは分かっていた。
そして、思い出していくうちに、
「俺が大変なことをしてしまったんだ」
と感じ、ただそれでも、
「一番悪いのは自分ではない」
という意識があったからこそ、簡単に思い出すことができたに違いないと感じるのであった。
さっきの二人の男性は、
「警察の人間」
ということで、意識がだいぶ治ってきて、医者から事情聴取の許可が出たのか、
「お怪我をされたうえで恐縮なんですが」
と言いながら、二人は、警察手帳を示した。
「警察?」
というと、自分でも、
「そうか、警察案件になるわな」
ということを思った。
「何があったのか、できればお話いただければと思いまして」
というのだった。
少しずつ思い出してはきたが、その状況は、とてもではないが、相手が警察だからとはいえ、
「そう簡単に答える」
ということができないのではないか?
と思えることであった。
「それが分かっていて聞きこむ刑事というのは、なるほど、刑事ドラマなどでは、そんなにひどいという意識はなく、逆に刑事に、こんな状況で聞くなんて、デリカシーがない」
と怒っている人が、逆に鬱陶しいというくらいに感じたものだが、自分がその立場になると、
「なるほど、それだけテレビを見ながら他人事だと思っていたからだろう」
ということが分かってきたのだ。
「被害者心理」
というのは、警察から見れば、
「傷口に塩を塗られる」
という気持ちと同じことであろう。
いくら、
「事件の捜査」
とはいえ、
「傷口に塩を塗るという真似が、どれほどひどいことなのか」
というのを、自分が被害者になって、初めて感じるのであった。
自分の正当性
この時の犯人が、沢井だったのだ。
沢井という男は、大学時代に友達をたくさん作ったが、実際に、
「その友達にろくな経つがいなかった」
というのが、この男の
「運の悪さ」
だといってもいいかも知れない。
しかし、それはあくまでも
「言い訳」
というもので、この男の最悪なところは、
「すぐに人のせいにする」
というところであった。
そもそも、
「人のせいにする」
ということは、
「自分が悪くない」
ということを暗に肯定しているということであり、だから、余計に、
「まわりの人に、悪く思われないようにしたい」
と考えるのであった。
だから、
「人のせいにする」
ということで、自分に免罪符をつけて。
「俺は、仲間に引きずり込まれた」
という言い方をすることに徹しようとする。
そうなると、
「何でも謝れば許される」
ということを考えているようなやつで、だから、それだけに、人当たりはすごくいい。
言い方を変えると、
「謝り方も、真摯に見えるのだ」
しかし、実際には、その前に、
「とりあえず」
という言葉をつけてみたり、
「自分がやったことに違いない」
ということを、
「……のようだ」
というような言い方をして、あくまでも、