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真実と事実のパラレル

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 というのは、まわりから見ると、中のことはよく分からないが、
「客観的な目」
 ということで、まわりは共通した意見を持っているのかも知れない。
 しかし、二人の見解は、二人にしか分からず、
「それが、親友ということであれば、特にその関係性は、特殊なものだ」
 といえるだろう、
 警察は、あらゆる関係者に話を聞く。そして、二人の関係に捜査が及ぶと、
「二人の関係というのは、まわりから見ると、殻に閉じこもっているので、よく分からないけど、どうも、どちらかが優位に立っているようだ」
 ということが聞こえてきて、
「被害者の方が、いつも下手に出ている」
 という証言が強ければ、まず警察は、
「殺人事件として考える」
 ということになるだろう。
 当事者としては、一人の方向からしか聞けないわけなので、いくら訴えたとしても、その意見に信憑性を持たせるのは、
「相手が死んでしまった」
 ということで、できるわけはないのだ。
 そうなると、どうしても、まわりの意見が採用されることになり、容疑者としては、実に不利な状態になる。
 本人としては。
「まるで、恩をあだで返された」
 と感じることだろう。
 そして、いろいろ考えてくると、
「俺は嵌められたのではないか?」
 と思うのだ。
 本人には、自分がそんなことをされる覚えはないのだが、
「人から、いつ、どこで恨みを買うか分からない」
 というのが、今の世の中である。
 そもそもが、
「恨みを買っていることも分からない」
 というほど、鈍感なのだということを感じると、
「相手に恨みを買うようなことをしても、それに気づかない」
 ということだとしても、無理もないことだろう。
 少なくとも、その時の自分は、圧倒的に不利な状態に落ち込んでしまったわけで、死んだ親友が、
「草葉の陰からほくそ笑んでいる」
 と思うと、
「これほど悔しいことがあるわけもない」
 ということになるのであった。
 確かに、
「それまで、誰かに恨まれるなどということがなかった」
 と思っているが、
「実際には、人から、大なり小なりの恨みを買わない」
 という人は、生きている以上、なかなか難しいことではないかと思うのだ。
「人は一人では生きていけない」
 とよく言われる。
 それを、
「そんな言葉は欺瞞だ」
 と思っている人がいるとすれば、それは、
「自分だけなのかも知れない」
 と、疑心暗鬼になった時点で考えると、どんどん、悪い方にしか考えられないようになってくるというものである。
 だから、
「自殺のほう助」
 というものは、しようとすれば、
「絶対に自分が不利なことになってしまう」
 ということで、
「絶対にしてはいけないこと」
 といえるだろう。
 それは、まるで、
「誰かの借金の保証人になる」
 ということで、世間では、
「一番してはいけない」
 ということの代表例ということであろう。
 誰かの借金の保証人になどなると、実際に、借りた人が金を返せなくなるということになると、まず起こる現象として、
「債務者が、どこかに逃げ出したことで、行方不明になる」
 ということで、いわゆる、
「夜逃げ」
 というものである。
 すると、債権者というのは、
「保証人に対して、その返済を頼むしかない」
 ということになる、
 そうなると、保証人はたまったものではない。
「自分が借りた金でもないものを、債務者がいなくなった」
 ということで、
「どうして、借金を背負わなければいけないというのか?」
 ということになるのだ。
 保証人を必要とするくらいなので、尋常な金額ということではない。
 そもそも、テレビドラマなどで、散々、
「借金の保証人になった場合の末路」
 というものを、思い知らされているのである。
 というのは、
「借金の保証人になってしまうと、相手は絶対に逃がさない」
 なぜなら、
「保証人がいなくなれば、取り立てるところが、完全になくなる」
 ということからである。
 だから、取立人も必死で、借金を返させようとする。
 ひどい場合は、奥さんを風俗に売り飛ばしたり、借金の方にいろいろ理不尽なことも平気でさせられたりする。
 何といっても、
「借用証書に、保証人として、署名を判を押している」
 ということなのだから、
「逃れることはできない」
 ということだ。
 そんな悲惨な状況を、テレビドラマなどで見て知っているはずではないか。
 それなのに、
「簡単に判を押す」
 ということが果たしてあり得るのかどうかである、
 よほど、
「何かの弱みでも握られていない限り、こんな、損にしかならない危険なことに、足を踏み入れる」
 ということなどありえないのではないだろうか?
 しかし、それでも、実際に、
「保証人をつけて、借金をし、債務者が、逃亡し行方不明になったために、保証人に、その債務が向けられる」
 ということは結構あることであろう。
「どうして、保証人になんかなるんだ?」
 というのは、一種の、
「七不思議」
 ということになるのではないだろうか?
 そんな理不尽な負いたてを食らい、結局、にっちもさっちもいかなくなり、
「自殺をする」
 ということも結構あるに違いない。
 これこそ、
「確かに、保証人になる」
 という自分の行動の甘さが招いたということで、見方によっては、
「自業自得」
 と言われるかも知れないが、それでも、
「本当は死ななくてもいいのに」
 ということで、命を落とすことになったのだから、
「気の毒だ」
 ということに変わりはない。
 この場合は、確かに、
「追い詰められての自殺」
 ということで、
「一般的な自殺」
 に変わりはないわけだが、よく考えてみると、
「殺人に匹敵する」
 といってもいいのではないだろうか?
「死んでしまわないとどうすることもできない」
 というほど、追い詰められていたわけで、それを追い詰めるのが、
「借金の取り立て屋」
 というものであり、しかし、
「もっと悪い、元々の悪党」
 ということで、
「一番罪深い」
 という意味で、
「金を借りておいて、返せないということで、逃げ出したやつ」
 ということになるのではないだろうか?
 警察としても、
「借金による夜逃げ」
 ということで、
「捜索願が受理する」
 ということになるかも知れないが、問題は、
「金銭の貸借」
 という問題なので、これは、
「民事事件」
 ということである。
 警察の原則は、
「民事不介入」
 ということなので、
「借金から逃れようとする人間を助ける」
 ということはしない。
「危害が加わる可能性がある」
 ということであれば、
「できる限りの身辺警護を」
 ということで、見回りを強化するくらいのことはするかも知れないが、当然のことながら、
「四六時中、警察が護衛する」
 などということができるわけもない。
 したがって、
「自殺した」
 ということであっても、それは、警察の範疇ではなく、
「ただ、事務的な処理が行われる」
 というだけのことであった。
 それを考えると、
「警察というのは、実に弱いもの」
 ということがいえ、さらには、
作品名:真実と事実のパラレル 作家名:森本晃次