念には念を
「それでその車は、その翌日にはなくなっているんですか?」
「ほぼなくなっていますね。もし、さらに違法駐車が続けば、こちらも、レッカーの手配をお願いすることになりますからね」
ということであった。
「なるほど、最初だけは、大目に見るが、違反が確定し、悪質になると、容赦はしないということですね」
「ええ、それは運営ということになるでしょうからね。我々も、経営陣ではないので、何とも言えませんが、手間がかかっているということで、経営陣の立場に近いわけです。だから、レッカーも致し方ないと思います」
と言いながら、次第に語尾が上がってくるということに気が付いた。
だから、この人物は、
「勧善懲悪という感じなんだろうな」
と、樋口刑事は感じたのだ。
「それから?」
と、話の続きを促した。
「夜のパトロールの時なんですが、ちょうど、そこの車が何となく揺れているのが見えたんです。だから最初は、闇に紛れて、いかがわしいことをしている輩がいると感じたわけなんです」
という。
「実際に近づいてみましたか?」
「ええ、ゆっくりと近づきました。本来であれば、我々にそこまで踏み込んではいけないのかも知れないですが、何しろパトロールを任されていたので、近づいてみると、何やら、前の席で、誰かが上下しているように見えたんですね。それで自分は、やっているということに確信を持ったのですが、この場合、それを止めるということはできません。行為の最中であれば、ふいに声を掛けられたりして脅かすと、けいれんを起こしかねないという話を聞いたことがあったので、目撃をしても、必要以上に刺激してはいけないと追われていたんですね」
というと、河合刑事が、
「その場合は放っておくんですか?」
ということを聴いたが、
「少し時間を待ってみて、落ち着いたように見えれば、注意喚起くらいはする」
ということにしていたんです。
「今回だけはしょうがないが、次回からは絶対にしないようにということでですね」
というのだった。
確かに、今回は、もう表に出ることができない以上、どうすることもできない。
「次回を未然に防いだ」
という成果があれば、十分だということになるのだ。
「なるほど、じゃあ、今回はその人に声を掛けたんですか?」
「いいえ、相変わらずに見えたので、声を掛けることはしませんでした。何といっても、夜が更けていて、街灯があるとはいえ、闇夜の中で、車の中でうごめく姿が見えたというだけなので、ハッキリと見えたわけではないです。実際に見えてしまうと、今度はこっちが、覗いたということになり、話がややこしくなりますからね、あくまでも、注意喚起が目的だということでのパトロールですからね」
ということであった。
「じゃあ、ここでは、これまでに、何かトラブルが起こったり、事件が発生したりということはありましたか?」
と聞かれた斎藤は、
「私はこちらで4年くらい勤務していますが、今までに、トラブルは若干あったかも知れませんが、事件というものはなかったような気がします」
という。
「なるほど」
というと、
「ただ、ストーカーがいて、公園でも気を付けるようにということで、警察からの注意喚起を受けたことはありました。実際に、その時は、こちらが警戒する前に、実際に、他で、その人たちがかかわるストーカー殺人というものが起こったので、最悪の結果にはなったようですが、我々の手がかかわるということはありませんでしたね」
ということだった。
「それじゃあ、ホッと胸をなでおろされたことでしょう?」
と言われたが、
「ええ、確かにそうなんですが、下手をすれば、我々がかかわることになったという可能性は十分にあるわけで、ただ、我々は運がよかったというだけのことですからね。それを思えば、事なきをえたという言葉だけで片付けていいものかどうか、難しいところです」
と答えたのだ。
「ところで、今回は、何が言いたいので?」
と、樋口刑事は、自分が話をはぐらかしたくせに、話がそれたことを、
「まるで相手のせいだ」
と言わんばかりに言った。
これはあくまでも、樋口刑事の、
「一流の聞き込みテクニック」
というべきか、
「相手を誘導できる相手かということを見極めながら話を聞いているところに、急に我に返ったように話を戻すことで、相手の記憶をさらに引き戻す効果があることを分かっていたのだ」
しかし、これは最初に、
「誘導できる相手か?」
ということでなければ、却って、
「最初から話そうと忘れさせてしまうことになる」
という、
「もろ刃の剣である」
ということを分かってのことであった。
だから、そういう意味でも、
「一流のテクニック」
ということで、それは、
「使える人間が限られている」
ということからの一流であった。
このテクニックは、
「自分で、最初からこの発想に行きついた人でなければできない」
ということだ。
つまり、
「人から教育を受けたり、郵送される」
ということでは決してできるわけはないということが歴然としていると言ってもいいだろう。
それを考えると、斎藤という男は。樋口刑事にとって、
「誘導しやすい人物である」
ということが分かるのであった。
それが、
「斎藤という男が、実は目撃者として最高の男だった」
ということを示しているのかも知れない。
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「昨日は結局、それ以上のことを確認できなかったんですが、時間が経つにつれて気になってきましてね。それで、朝また来てみようと思ったんです。ちょうど、今日は私は非番でしたからね」
という。
「なるほど、だから第一発見者に、この斎藤という男がなったわけではないんだ」
ということになるのであった。
「じゃあ、あちらにいる人が、第一発見者ということになるのかな?」
と、樋口刑事が警官に聴くと、
「ええ、そうです」
という話が返ってきた。
警官は、刑事たちに先立ち、
「一番最初に供述を聞く立場にある」
ということである、
しかし、刑事ドラマなどでよく聞くセリフとして、第一発見者がうんざりした顔で、
「また、初めから話せってか?」
と、あからさまに文句を言っているのが分かる。
それを警官であれば、
「申し訳ありませんが」
とへりくだってはいるが、あくまでも、
「仕事だから」
という気持ちがありありなのを見ると、相手は、
「しょうがないとはいいながら、そのあざとさが腹が立つ」
と考えるのだ。
今度は刑事に、同じセリフを吐くと、
「いや、我々も主組むだからな」
という。
これも、警官とは言葉が違うことで、何ら違うことを言っているわけではない。
それなのに、
「刑事にいわれる方が、説得力を感じる」
というのは、
「結局は警察という国家権力を持った相手には、従うしかない」
ということであり、それが、本来の警察の存在意義でもある。
「チア二次としての、市民の声明と財産を守るというのは警察だ」
ということを信じるしかないということだ。
しかし、実際には、その存在意義をテーマに考えると、