念には念を
それを考えると、
「警察組織と、捜査員の溝は深い」
ということを、いまさらのように思い知らされるというものだった。
ただ、そんなことは最初から分かっているというもので、
「それを込みということでの、捜査ということだ」
というのを理解はしているつもりだが、まだ若い河合刑事ともなれば、
「これが今まであこがれてきた警察という仕事なのか?」
と、刑事という仕事に対しての壁を感じないわけにはいかなかった。
そもそも、河合刑事というのは、
「刑事としては、まだまだ甘いところがある」
といわれているが、その甘さは、
「覚悟が足りない」
ということなのか、
「まだまだ学生時代の気分が抜けていないのか?」
ということになるのか、見た目は分からなかったが、だが、
「誰もが一度は通る道」
ということを考えれば、
「彼の場合は、そんな中でも、なくしてはいけない」
という何かが存在し、漠然としてはいたが、
「それを守るのが、先輩としての俺の役目」
と、樋口刑事は考えていたのだった。
実際に樋口刑事は、これまで何度となく、
「河合刑事とのコンビ」
で、事件を解決してきた。
河合刑事としては、
「樋口刑事のおかげ」
と真剣に感じているようで、
「自分の意見が功を奏している」
ということは気づいているのだが、だからと言って、
「それを材料に事件を解決したのは、樋口刑事なんだ」
ということになるのであった。
今回の事件でも、
「樋口刑事に期待されている」
ということを励みに河合刑事も張り切っている。
「決してプレッシャーにならないように」
というのも、樋口刑事の配慮からで、そういう意味でも、
「二人は最高のコンビだ」
といってもいいだろう。
「樋口刑事」
と、河合刑事が声を掛けた。
「どうした?」
と樋口刑事は、河合刑事を振り返ったが、河合刑事が、一人の男性を連れてきているのを見て、少しびっくりした。
「その男性は?」
と聞いてみると、
「はい、この方が我々に話があるということなんです」
それを聴いた樋口刑事は、一瞬だけ、怪訝な顔になった。
それは、
「煩わしい」
などという気持ちでは決してなく、
「なぜ、死体が発見され、初動捜査をしているこのタイミングで?」
ということであった。
まだ、早朝といってもいい時間帯、確かに、早朝の散歩であったり、ジョギングなどで、人がいることに不思議はないが、
「そもそも、警察に対して、市民というのは非協力的だ」
ということは認識しているつもりなので、このタイミングというのは、
「目撃者としては、早すぎる」
といってもいい。
だから、樋口刑事は、怪訝な表情になったわけで、それでも、相手に嫌な思いをさせてはいけないと、すぐに表情を崩したのだった。
「あなたは?」
と声を掛けると、少し戸惑いながら、それでも、
「何か言わないことがある:
ということは、その雰囲気から見えていることなので、
「決して焦らせてはいけない」
と、樋口刑事は感じていた。
「私は、ここの掃除をしている者なんですが、名前を斎藤といいます」
というと、それを聴いたことで反応した男がいた。
その人は、
「事件の第一発見者」
であり、
「通報者」
だったのだ。
本来であれば、初動捜査の中の早い段階で、事情聴取を行う必要がある相手だったわけで、河合刑事も樋口刑事も、彼の存在を決して忘れていたわけではなく、気には止めながら、自分の捜査に集中しているところだったのだ。
だから、
「いずれは話を聞く」
という予定だったのだが、そこに、割って入るかのように、河合刑事が、
「ここで初めて登場する人物」
を最初に連れてきたのであった。
「ということは、河合刑事が、第一発見者よりも先に話を聞く必要があると判断したということになるのだろうか?」
と感じた。
最初に聴く必要があるということであれば、それは、
「殺害されたというこの状況に関しての何か報告を受けることができる」
ということになるのではないかと感じたのだ。
「その掃除をされている斎藤さんですが、我々に何か言いたいことがあるということですね?」
とやんわりとではあるが、言葉が若干震えていたのは、
「樋口刑事も、今回の事件の異様さに、何かを感じているのだろう」
と、
「自分も同じだ」
と考えている河合刑事も、同じように興奮気味であった。
二人の刑事のうち、どちらが、
「前のめりなのか?」
ということであったが、どちらかといえば、
「河合刑事」
だったのだ。
血気盛んなのは、若いということで、無理もないことであり、それが、いい方向に向かえばさらにいいわけであり、それを樋口刑事は期待していた。
そんな前のめりになっているということを感じさせたのが、
「斎藤という目撃者を連れてきたことで、何か、事件で重要なことなのか、少しでも進展するべく話が聞けるだろう」
ということでの前のめりだったのだ。
「私たちは、この公園の掃除を任されているのですが、実は掃除だけではなく、夜も見回りというのも任されているんです」
ということであった。
「ほう」
と樋口刑事は、少し意外な感じがした。
それを察した斎藤は、それを逆にニンマリとして見ていたのだが、それが、
「刑事が自分の話に食いついた」
と思ったからで、ある意味、
「この斎藤という男、一筋縄ではいかないかも?」
という、それこそ余計なことまで考えてしまうのだった。
「私たちは、警察がなかなかやってくれないところの警備も任されているので、夜の警備はある程度覚悟を持っているわけです」
と、
「完全に皮肉だ」
と思えることを、当たり前のこととして口にしていることで、
「案外、彼は皮肉を言っているつもりはないんだろうな」
とも思えたのだ。
それにしても、
「警察が手に負えない」
ということも、昨今の人手不足の観点というものを考えると、分からないわけではなかった。
そのあたりの事情も前述のとおりであるが、それを、斎藤はかいつまんで話をしていたのだが、河合刑事はもちろんのこと、樋口刑事も周知のことだったようである。
「じゃあ、警備というか、パトロールは、夜8時か9時くらいに行うということですね?」
「ええ、この時期は夏至の頃とは違うので、夜の8時頃にパトロールします。その時には、すでに、駐車場の入り口は閉まっているので、車の出し入れはできないということですね。本来は、駐車はダメなんですが、うちは、あまり厳しくなく、
「翌日のパトロールまでに車がなくなっていれば、おとがめなしということにしていたんです。その翌日であれば、警察に通報しますけどね」
ということであった。
樋口刑事も河合刑事も刑事課の人間なので、このあたりのカラクリはよくは知らなかった。
当然、
「交通課の仕事」
ということであり、その時に、駐車違反ということで取り締まりということになるのだろう。
「我々は、交通課ではないので、詳しくは分からないのですが、駐車違反となる車は多かったりするんですか?」
と聞かれた斎藤は、
「ええ、そうですね。比較的多いとは思います」