念には念を
「ひょっとして、その人物が、本当はその場所にはいないはずで、自分はその人がいる場所を認識していたといえるんじゃないか?」
ということであった。
「なるほど、それも言えますね」
とは言い、目撃者に憚られたと思うと、癪な気がしたが、ただ。あの時の目撃者の態度からは、
「どうも警察を欺くというようには見えなかったけどな」
と感じていた。
そこで。樋口刑事が感じたのは、
「目撃者も、被害者から憚られたということに対して、怒りを感じていなかったからではないか?」
と思うと、さらに、ここで突飛な発想であるが、一つ頭をかすめたことがあった。
それを、この場で言おうか言うまいか?」
と思っているところに、おもむろに口を開いたのが、秋元刑事だった。
秋元刑事の意見
「少しいいですか?」
と一言いい、桜井警部補が頷いたところで、
「これはあくまでも、私の勝手な思い込みなんですが、その被害者は、本来であれば、そこにはいないはずだということを目撃者が思っていたのかも知れませんね」
と言い出した。
「どういうことだい?」
と桜井警部補がいうので、
「奥さんが不倫をしていて、その現場を確かめようとしていたのではないか? という考えですね」
「じゃあ、その人が自分で、奥さんを尾行していたと?」
「少なくとも、目撃者は、被害者のことを知っていればということで考えた時ですけどね」
というのだった。
そもそも、
「奥さんが不倫をしている」
という事実は今のところ出てきていない。
実際には、
「何も分かっていない」
と言ってもいい。
本来であれば、
「何も分かっていないのに、先入観を感じさせる意見は慎むべきなのだろうが、秋元刑事には、そうは思えなかった」
と言ってもいいだろう。
「何も分かっていない時だから、あらゆる可能性を鑑みて、考えられることを口にするのは自由ではないか?」
と考えるようになったのだ。
それが、
「ほら吹き」
と言われたゆえんでもあるが、今では、すっかり一目置かれているので、本来であれば、
「こんなバカな発想は」
ということで一蹴されて終わりというものであるが、この場の人間は、話を前のめりで聞いているのであった。
そもそも、秋元刑事も、自分の立場などはわきまえていて、
「このメンツだから、堂々と話ができるんだ」
と思っていた。
もっといえば、
「最初から、このことはいおうと思っていたことだ」
と言ってもいいだろう
そのことも、この場の人には分かっていて、
「ここまでお互いを分かっている捜査本部というのも、なかなかないだろうな」
と、桜井警部補は、面々を見渡しながら、そう感じたのであった。
「奥さんの不倫という考えも面白いね」
と桜井警部補は言った。
秋元刑事の考え方というのは、まず、最初に、
「奇抜な発想」
というものを思いつき、それから、
「矛盾点があれば、それを排除していき、真相に行きつく」
ということを考えている。
他の捜査員の発想も、実は大差のないことで、
「事件の捜査というものは、いろいろな情報を組み合わせ、一つの仮定を立てる」
というものはまずある。
これは、いわゆる、
「加算法」
というもので、仮説が出来上がってからは、
「その中から矛盾点を排除していき、スリムで、納得のいく説に作り上げることで、それが真相となる」
というのが、
「推理というものだ」
と考えている。
つまりは、
「推理というものは、減算法」
ということで、積み重ねてきた、
「状況証拠」
であったり、
「物的証拠」
から、理路整然とした納得がいくものを真実として見つけていくことになることなのではないだろうか?
それを警察の捜査員は、大なり小なり、理解していることだろう。
だから、
「捜査によって得た証拠」
というものを、捜査本部に持ち込み、
「そこから、矛盾のないような納得のいく真相を得る」
ということのために、会議を行うということになるのだ。
それを思えば、
「秋元刑事の発想も、奇抜ではあるが、少しでも考えられることであれば、推理に入る前の一つの考え方」
ということで、
「先入観さえ持たなければ、立派な推理に行きつく」
という意味で、重宝されるものだった。
確かに、今の状況で、
「奥さんの不倫」
というのは、ありえないことではないが、奇抜すぎるといえるだろう。
しかし、それでも、秋元刑事が口にするのだから、
「その信憑性はまったくない」
とはいえない。
もちろん、それは、
「口にしたのが、秋元刑事だ」
ということからであり、他の人であれば、
「一蹴されて終わり」
ということになるであろう。
「奥さんが浮気をしているのを、目撃者が疑っているということか?」
と桜井刑事が聞くと、
「ええ、そうだと思います。もちろん、被害者と目撃者には、それなりの関係があると考えての場合ですね」
「本当に奇抜なアイデアだな」
と桜井警部補は、半分皮肉めいた笑いを浮かべたが、決して、
「嘲笑しているわけではない」
ということは、この場の誰もが分かっていた。
「そういえば、被害者は、その場で実際にセックスをしていたという痕跡はありませんでしたね」
と鑑識の一色がいうと、
「そうでしょう」
と、勝ち誇ったように、秋元刑事は言った。
このあたりが、
「秋元刑事の憎めないところ」
ということであり、
「秋元刑事は、大げさなところがあるので、だからこそ、ほら吹きなる悪しきあだ名をつけられたりした」
ということであった。
実際に、秋元刑事のことを、若い頃から知っている樋口刑事は、
「俺には、あんなふうにはなれないな」
とは思っていたが、そんな樋口刑事に対して、秋元刑事も、
「俺も、あんな風に、刑事らしさのようなものがあればな」
と思っていた。
秋元刑事は、どちらかというと、
「皆と同じ意見は嫌だ」
と思っている方で、だから、
「奇抜な意見」
というものを口にするのだった。
「だったら、どうして、こんな雁字搦めのような警察に入ったりしたんだ」
ということであったが、一番考えられることとしては、
「性格的に、悪は許せないという、勧善懲悪なところがあるからではないか?」
ということであるが、
「決してそんなことはない」
ということであった。
そもそも、
「人と同じでは嫌だ」
と思っている人間が、
「勧善懲悪」
という理由で、警察に入ってくるというのも、
「どこか矛盾を感じさせる」
というものであった。
実際に、勧善懲悪などではなく、逆に、
「勧善懲悪って何なんだ?」
とすら思っているほどだった。
しかも、
「勧善懲悪などという言葉、どこか欺瞞を感じさせる」
と感じるほどで、それこそ、
「人と同じ意見では嫌だ」
という考えの秋元刑事らしく、
「面目躍如」
というのは、少しおかしな言い回しだろうか。
そんな中で、鑑識の時間となり、実際に分かったことが発表されたが、そこには、物珍しいものはなく、
「初動捜査と変わらない」