時代に曖昧な必要悪
などしたとしても、科学捜査で、たいていは、時間が掛かったとしても、死体の身元は判明するだろう。
「じゃあ、時間稼ぎか?」
ということも考えられるが、今回に限って、それはなかった。
なぜなら、被害者の持ち物はそのまま放置されていて、中には、定期入れがあり、免許証もあることから、
「被害者が誰であるか?」
ということは歴然として、明らかなことであったのだ。
「事件をかく乱するため」
ということであっても、この状態で、
「何がかく乱されている」
というのであろうか。
間違いなく、
「被害者は、柏木聡子だ」
ということであり、じゃあ、動機として考えられるのは、
「怨恨ではないか?」
ということであった。
怨恨ということであれば、顔をめちゃくちゃに傷つけるということは、普通にありであろう。
しかも、それが、
「色恋というものであれば、その怨恨というのは、異常性癖に繋がっているかも知れない」
と考えられなくもない。
となると、
「被害者に恨みを持っている人間」
ということでの捜査がまず行われた。
要するに、
「彼女を殺す動機のある人間」
ということである。
普通殺人事件において、動機というものを考える時、
「被害者が死ぬことで、誰が一番得をするか?」
ということになるだろう。
その場合、考えられることとして、
「遺産相続などの問題が大きいだろう」
しかし、被害者のまわりを見た時、
「誰かが死んだ時、彼女が、莫大な遺産を手に入れる」
ということが分かっているわけでもなかった。
また、彼女が死んだことで、生命保険が降りるとすれば、夫の、新吉ということになるのであるが、金額的にも別に普通の金額で、そもそも、
「奥さんが死んで、その遺産が手に入ったことで、旦那が得をする」
ということはないのであった。
旦那は、金持ちというわけではないが、金に困っているというわけでもない。
「奥さんを殺して、自分が疑われる」
というようなことはなかった。
ただ、捜査の中で、
「W不倫」
ということは、簡単にあばかれたことであり、
「一体、この夫婦はどうなっているんだ?」
とばかりに、捜査員の意欲をそいでしまいそうな、嫌な関係であることに間違いはないおうだった。
だが、今の時代は、
「W不倫」
などというのは、そんなに珍しいわけでもなく。
「今時の夫婦」
といってもいいのではないだろうか?
もちろん、不倫相手の店長が一番最初に疑われた。今のところ、一番動機の強いのが、店長だったのだ。
ただ、彼には、れっきとしたアリバイがあった。その日は、スーパー業界の会合で、東京に出張に行っていて。殺しができるわけはないということだったのだ。
実際に、刑事が裏付けを取って、車でも、電車を使っても無理であり、会合にずっと参加していたことも分かっている。これを
「シロであることの動かぬ証拠」
というのだろう。
ただ、事件というのは、思わぬところから発覚もすれば、解決もするというもので、
実際に、似たような犯罪が、最近起こっていることは、捜査員も気づいていたのだ。
しかし、
「似たような事件」
であっても、関連性もなければ、人間関係において、何も繋がるところもない。
ということは、
「容疑者を絞り切れない」
ということになる。
「どこかに何かあるのでは?」
ということを、警察の方で考え、それぞれの事件で、一つ一つ、容疑者を絞っていく地道な作業をしながら、それを、現在から過去に向かってさかのぼるという、逆の時系列の形をとっていた。
もう一つの死というものの、どこに似ているところがあるのかというと、その死体も若い女性が同じように顔を潰され、殺されていたということであった。
同じように、身元を隠すという意志はなく、明らかに、何か同じ目的をもってのことなのかと思わせた。
もちろん、
「猟奇犯罪」
ということも考えられる。
そうなると、動機があるとすれば、犯人による、
「犯罪に対しての美学というか、どこか耽美主義のようなものではないだろうか?」
「美を追求する」
という意味では共通点があるのだ。
警察の捜査が続くと、次に怪しいと思われたのは、旦那だった。
「不倫をされたことで、奥さんを恨んでの犯行」
といってしまえば、ありえないことではない。
しかし、この場合、
「お互いに不倫を犯している」
ということで、
「どっちもどっち」
いわゆる、
「喧嘩両成敗」
といってもいいだろう。
だから、もし、
「旦那が犯人だ」
ということになれば、完全に家庭崩壊ということになる。
元々、W不倫をしていたわけなので、その時点で、
「家庭崩壊」
といってもいいだろう。
「奥さんが殺されて、その犯人が旦那」
ということになれば、旦那の動機がどこにあるというのだろうか?
これは、もう一つの事件においても同じこと、
そちらの事件も、W不倫をしているということは分かっていた。違うとすれば、
「最初に不倫を始めたのは奥さんの方で、旦那は後からの不倫だった」
ということである。
これを、
「犯人は旦那だ」
ということになれば、どういうことになるのか?
一つの考え方として、
「W不倫というのは、一種の喧嘩両成敗なのだろうが、今回のようなそれぞれのパターンで、どちらが罪が重いというのだろうか?」
ということになる。
聡子と新吉の場合は、時系列で話をつないでくると、
「どちらが悪い」
ということは一概には言えない気がしてくる。
もちろん、それは、
「お互いの心理状態を読み取ったうえでのことで、もう一つの事件のように、その内容がまったく分からない、第三者として見れば、それこそ、許されることではないと感じることだろう」
今回の事件は、実は、
「管轄外の事件」
ということであったので、それぞれ管轄外の事件というものを、勝手に想像するしかできないのであった。
だから、その事件について考えた時、
「どっちもひどいな」
ということ、そして、
「お互いに辛抱が足りない」
と勝手に思い込んでしまう。
それが、
「近くて遠い」
という発想になるのだった。
聡子と新吉の事件は、その二人のことを少しずつでも調べていくと、
「致し方ない」
と思える部分も見えてくる。
つまりは、
「それぞれに、同情の余地あり」
として、考えが甘くなってしまうところもあるだろう。
しかし、実際に起こったのは、
「残虐な殺人事件」
なのであった。
「同情の余地はあるが、なぜ、奥さんが殺されなければいけないのか?」
ということであった。
実際に、犯人は捜査において、追い詰められたのか、
「私がやりました」
ということで、旦那が自首してきた。
だが、自首したからといって、
「事件が解決した」
というわけではなかった。
取り調べが行われ、事実関係をハッキリされるために、現場検証が行われたり、その背後関係が調べられたりした。
旦那は、性格的に、慎重派であり、その分、神経質で気弱なところがあった。それを、
「優しい」