悪魔と正義のジレンマ
親が裕福なのは、小規模であるが、会社経営をしていたからだった。
祖父の代から、同族会社ということでやってきたが、
「今の時代にそぐわない同族会社」
ということであったが、普通であれば、大きな会社に吸収合併されても仕方がないところであったが、専務というのがやりてで、その専務は、実は、慎吾の父親の弟ということであり、慎吾から見れば、
「おじさん」
ということになるのだ。
そのおじさんは実に頭がキレる人で、たびたびの会社の危機を救ってきたのだ。
一時期は、
「自分が社長になるためのクーデター」
というものを企んでいたのではないか?
といわれていた時期があったが、あくまでもウワサで、すぐに断ち切れになった。
しかし、
「その割には、リアリティがあったな」
といっている人が結構いたが、それも、すぐに下火になっていたのであった。
逆に、
「リアリティがあればあるほど、印象深いが、忘れてしまう時は、一気に忘れてしまうのではないか?」
という、心理的なことがあるというのを、最近発見したのが、
「高千穂研究室」
だったというのだ。
最近の高千穂研究室の成果は、世間でもかなり認められていて、文科省のお墨付きももらっていることで、
「金に糸目はつけない」
ということで、高千穂博士も、やりがいがあると思っていた。
ただ、本人がどこまで分かっているのかは分からないが、それなりのプレッシャーがあったのは間違いない。
「何といっても、バックには、国家がついている」
ということで、それなりの成果を挙げないと、それこそ、
「税金泥棒」
といわれても仕方がないだろう。
「そんなことは、博士も分かっているさ」
と、そのような話を研究員にすれば、研究員は、怒りから、そう言って、話を一蹴することであろう。
ただ、それも、研究員がむきになってしまうというところが、
「何かおかしい」
と思わせるところがあるが、彼ら研究員は、
「研究を一途に行っていることで、博士に対して気を遣うということには長けているが、それ以外の人に対して気を遣う」
ということはできない性分であった。
だから、まわりから何かを言われると、必要以上に、喜怒哀楽を表していた。
そのことは博士も分かっていることで、本来なら、注意喚起をしてもよさそうなのだが、敢えて、
「何も言わない」
ということに徹しているようだった。
「そんなことを研究員に強要すればするほど、却って意識してしまって、余計なことにならないとも限らない」
ということであった。
博士の言い分はもっともであるが、博士はそれ以上のことを考えていた。
「研究員が自然に対応できるように、自分たちの研究体制をその通りにすればいいんだ」
と考えていたのだった。
「まわりを、個々の気持ちに合わせる」
という、
「一見不可能だ」
といえるようなことを、博士は堂々と言ってのける。
これは、時々、表に向かって発信していることであった。
「博士がいうのだから」
ということで、
「なまじウソとは思えない」
という人もいれば、
「そんなバカなことができるはずがない」
ということで、最初から博士の考えを否定し、
「あの人が博士だなんて、本当なのか?」
と思わせることで、まわりの目をくらませることに成功していた。
それぞれ、両対象の見方があるということは、それだけ、神出鬼没で、とらえどころがないと思わせ、
「考えていることを隠すにはちょうどいい」
といえるだろう。
それこそ、
「木を隠すには森の中」
あるいは、犯罪などで、
「証拠品を隠すには、一度、警察が捜査したところが一番安産な隠し場所だ」
といわれるようなものだと考えていた。
さらに、博士はいつも考えていることであろうに、ついつい忘れてしまうということの中に、
「自分がやっていることを、自分がやられる:
ということに対して、気づくことはないということであった。
この発想は、戦争などの作戦でよく言われることで、どこか、
「長所は短所の裏返し」
とでもいえることであろうか。
もっと言えば、裏返しである、長所と短所というものが、紙一重といわれているということを、理屈では分かっているつもりでも、実感としてないのであれば、
「意識していない」
ということと同じことだといえるだろう。
高千穂博士が殺されたのが発見されたのは、あるビジネスホテルの一室だった。
心理学研究の会合があり、東京の学会での発表会に出席した時のことだった。
その心理学研究の会合というのは、毎年同じくらいの時期に催されるもので、さすがに毎年というわけにはいかないが、それでも、博士は出席できる時には必ず出席をしていたのだ。
この研究会は、最近は、
「心理学の研究だけではなく、精神疾患についての研究ということも議題に上がることが多く、その中でも、医師による、症例発表というのも、結構時間が割かれているようだった」
だから、最初の頃よりも時間が掛かるようになり、最初であれば、一日で終わったものが、今では、翌日の午前中くらいまで掛かるようになっていた。
今まで、夜は、
「料亭での懇親会」
などというものが行われていたが、さすがに翌日もあるということで、食事会に毛が生えた程度のもので収めていたのだ。
だから、そこまで酒を飲むわけではないはずだったのだが、死体が発見された時、
「博士がかなり酔っている」
ということが判明したが、それについて、最初は捜査員の誰も不思議には思わなかったようだ。
死体の発見というのは、清掃スタッフが見つけるのと、ホテルボーイが見つけるのとで、ほぼ同時だったといってもいいだろう。
ホテルボーイとすれば、本来であれば、午前中の会合に、博士が現れないということで、
「どうしたのだろう?」
と、とりあえず、ホテルに連絡を取ってみた。
「チェックアウトされていませんね」
ということだったので、
「まだ、寝ておられるのだろうか?」
ということも考えられた。
ちょうどその時、清掃のスタッフが、ホテルの部屋を掃除に入っていたのだが、中には、
「睡眠のため」
であったり、
「連泊をする」
というお客様がいることで、
「掃除をしなくてもいい部屋」
というものがあるが、その場合には、部屋の中に、マグネット式の、プレートがあるので、
「それを扉に張り付けておく」
ということで、客が意思表示をするというのが、常識のようになっていた。
「起こさないでください」
であったり、
「掃除はNG」
などということが書かれているのである。
それを見て、掃除のスタッフは、
「この部屋は、掃除しなくてもいいんだ」
ということで、
「中でまだ寝ているか?」
あるいは、
「すでに、どこかにお出かけになっているか?」
ということを考えるのだろう。
だが、博士の部屋の前には、何も張り付けられていなかった。だから、清掃のスタッフは、
「掃除をしよう」
と思っていたが、その時、ちょうど、ホテルボーイが上がってきたのだった。
お互いに顔を見合わせたが、ホテルボーイが最初に聴いた。
作品名:悪魔と正義のジレンマ 作家名:森本晃次