悪魔と正義のジレンマ
被害者が頃冴えたであろう時間、そう、時間にすると、5時半を少し過ぎたくらいであろうか、中から少年が出てきた、少年の手には、カードキーが握られていて、再度戻ってくるというつもりなのか、それとも、密室にしておきたかったのか、こお時点では、どちらなのか分からなかった。
モニターを見ていると、なにやら、少年は咳き込んでいるように見える。その声は聞こえないが、まるで、喘息のようだった。
そのことをメモにとって、一つ一つ確認している。
モニターの確認には、捜査員とすれば、それを時系列の表のようにして整理していた。
だから、ほとんどの時間は空白で、問題の時間だけが、細かく書かれるのであった。
少年が出てきてから、また戻ってきたのだが、その時間が、午前八時半くらいであった。
その頃の時間になれば、ほとんどの客がチェックアウトをする時間だった。このホテルの朝食は、大体6時半からできるようになっている。少し早めであったが、
「それは、このホテルが少し駅や、工業団地のようなところから離れている」
ということが原因だった。
朝の9時か10時までに、出張先に赴かなければならない場合、
「チェックアウトを8時までにはしないといけないという人が多いのではないか?」
という考えからであった。
「だから、8時半近くになれば、ほとんどの客はチェックアウトをするだろう。それを計算して戻ってきたのではないか?」
と考えられる。
「では、なぜ戻ってきたのか?」
ということであるが、WIFIがつながっているのを考えると、
「ネットを使って、何かをしようとした」
ということであろう。
そして、パスワードがかかっていたはずなのに、それを解除してのことだったので、そのパスワードを知っている人間ということになる。
これは後から聞き込んだことであるが、
「被害者のパソコンは、いくつかあり、表に持ち歩くものは、そのほとんどが、細かいことは何もなく、本当にその時に必要なものだけだということだ。だから、今回の学会に必要なことだけが入っていて、それこそ、昔でいえば、資料をカバンに入れているのと同じだったということだ。
だから、いつも出張の前には、自分の助手にパソコンの資料をコピーさせ、その時にパスワードを設定させるということであった。
しかも、博士にはたくさんの助手がいて、その助手がパスワードを設定するということであった。
そもそも、そんなに重要な内容が入っているわけではないので、本当はパスワードまで必要ないのかも知れないが、逆に、
「何かある」
と思わせる方がいいという博士独自の考えから、このようにしているという。
それを考えると、
「今回の事件は、何かが仕組まれているのは分かるが、その謎は一筋縄ではいかない気がした」
考えられることとしては、少年が戻ってきてから、パソコンでどこかに何かを送信したということである。
気になったのは、その時、少年が入った時、完全に戸締りをするのではなく、密室にせずに、ドアロックのフックを掛けないようにして、扉に引っ掛けているだけだった。
いかにも違和感があるのだが、不思議なことに、その時だけ、
「掃除は不要」
というプレートを表に出していたのだ。
これでは、中には誰かがいて、あたかも生きているということを感じさせることだったのだ。
「なるほど、これだと、誰も意識をすることはない。でも、10時過ぎには、いや、少なくとも午前中には、怪しいと思って、結局誰かが入ってくるわけで、犯人とすれば、昼前に犯行が露呈することは致し方ないが、それまでに露呈するということは困るということだったのか?」
ということを考えた。
そして、この少年が、この部屋に入ってから、誰も、この通路を通った人がいないのは、どこか違和感があった。そう、誰にも遭わない状況だったのだ。
全員がチェックアウトをしたのは、もっと遅い時間だったが、だが、このフロアの中には、同じように、9時前くらいにチェックアウトをした人もいた。
さらに、朝食を皆が皆摂らなかったというのも不自然だ。それを考えると、
「映像に何か仕掛けがあったのかも知れない」
と思った。
モニターの内容が確認されていた後、今度は、高千穂家のことが捜索された。
そこで、少し分かってきたこともあったのだが、それを聴くと、いろいろ不思議なこともあるようで。ただこの事件が、
「一つのことがきっかけで、絡まった糸がほぐれるように、解決する時は、急転直下となるのではないか?」
と考える人もいた。
それが、河合刑事だったのだ。
大団円
河合刑事というのは、事件が解決してしまうと、あとから、
「あの時に感じたことが、結局自分の中で決めてだったんだ」
と感じることが多かった。
そのことは、桜井警部補がよく知っていたが、それは、
「さすが、コンビをやっている」
ということであり、逆に、それ以外の人には決して分かることはなかった。
それだけ、河合刑事が意識をしているということだからである。
高千穂博士の家での、博士の話を聞いていると、河合刑事も、桜井警部補も、一様に顔を見合わせて。
「まるで、河合刑事のようだ」
と桜井警部補は感じ、
「俺じゃないか?」
と、河合刑事は感じたのだった。
「高千穂博士は、何かを悟っていたということですかね?」
と聞くと、奥さんに当たる人は、
「そうかも知れません。あの人は、いつも誰にも黙っているんです。完全に確証がないと、決して分かり切っていることでも口にはしません。だから、あの人が口にしたり、書き残したことは、すべてが、覚悟の上でのことで、間違いのないことなんです」
ということであった。
「じゃあ、あなたがたは、博士が死ぬということはご存じだったと?」
「いえ、ご存じというのは少し違います。予感はしていたけど、実際に分かったのは。主人が殺された日の早朝でした」
というのは、
「はい、私どもは、朝朝食が終わると、主人が出張中は、掃除をするんですが、その時に、主人のパソコンに通知が出ていたんです」
「パスワードがあるのにですか?」
「ええ、そのパソコンも、出張中用で、大事なことは入っていません。だから、私たちもパスワードを知っているので、開くことができるんです」
「博士は、そんなに誰も信じていなかったんですかね?」
というと、
「いいえ、主人は、その時々で、自分が絶対的に信用できる相手を作っているんです」
という衝撃的な、カミングアウトに近いようなことを、奥さんはさらっというのだった。
「えっ? それはどういうことですか?」
「主人はK大学の研究室にいるというのはご存じですかね?」
「ええ」
作品名:悪魔と正義のジレンマ 作家名:森本晃次