悪魔と正義のジレンマ
「じゃあ、被害者が、新幹線でやってきて、最初に会場に行かずに、このホテルに最初にチェックインをしたというのは、ちゃんと手配が行き届いているかということの確認の意味もあったということかな?」
というので、
「そうですね、それもあったかも知れません。ただ、これは会合に参加した人の話ですが、高千穂博士という人は、性格的に、律儀で神経質なところもある人だということでしたので、ホテルの確認は、自分で予約した場合でも、まずはチェックインを先にする人だったということですね。もっとも、学会に出席するような著名な人には、えてしてそういう性格の人が多いようなので、今回のことが、イレギュラーだったから、先にチェックインしたというわけではなさそうなんですよ」
ということであった。
それを聴いて、皆一様に納得したのであった。
ここまでで、前日の行動に関しては大体わかった。
あとは、被害者の人間関係というものを、大学であったり、家族から聞くとこが先決になるのだろうが、何しろ、他の都道府県警の管轄ということもあり、簡単にはいかない。今回の会議において、そこまではハッキリすることではなかった。
「じゃあ、次は、鑑識さんからほ報告ですか」
ということで、鑑識官がいうには、
「はい、司法解剖の結果は、初見と、それほど違っているものではありませんでした。思考推定時刻は、やはり、早朝の5時近くの、その前後30分くらいでしょうか? そして凶器は、ナイフを一突きにされたことの出血多量でのショック死。完全に急所をとらえていたことからいうと、ほぼ即死ということだったと思われます」
ということであった。
「じゃあ、やはり、シーツがめくれていたというのは、別に争った跡ということではなく。犯人のフェイクだったということかな?」
と桜井警部補がいうので。
「ハッキリとそうだとは言い切れませんが、その可能性は高いです。それに……」
と一瞬鑑識官が言葉に詰まったが、
「それに、どうしたのかな?」
と、桜井警部補が、少し苛立ったように、促した。
「はい、実は、被害者は、睡眠薬を服用しておりました」
ということであった。
「ん? じゃあ、眠っているところを殺されたということになるのか?」
「ええ、そうです。だとすれば、急所を狙って刺し殺し、即死だったというのも分かるというものです」
「じゃあ、被害者は、その睡眠薬をいつ服用したというんだ?」
と考えたが、
「しかし、おかしいですね?」
といったのは、河合刑事であった。
「河合君、おかしいというのは?」
と桜井警部補が聞いた。
「被害者は、一人で、ビジネスホテルに泊まったわけですよね? しかも、宴会が終わってから帰ってきたわけで、誰かと遭ったとしても、どこで待ち合わせをしたのか、最初から寝るつもりだったとすれば、人と遭うことはしないでしょう。ということになると、犯人に、睡眠薬をのまされたということになるわけですよね?」
しかし、そうなると、殺害現場で飲まさなければ、かついで部屋に運び込むということをすれば、おかしな行動がバレてしまうことになりますよね」
という。
「なるほど、そういわれればそうだ。どこかで待ち合わせて、この部屋に来たwかですよね。相手が誰かということも問題ですが、何のために待ち合わせ、犯人を部屋に招き入れても、問題がない相手ということになると、絞り込むのはできなくもないように思えるんですが、下手をすると、そんな人物に該当者がいないということも考えられます」
というのであった。
確かに、河合刑事の言う通りだ。
たくさんの該当者がいて、絞り込むのが難しい場合も大変だが、絞り込んでいる最中に、
「該当者がいない」
ということになると、どうしようもなくなってしまうということも、実際にありえることだといえるであろう。
そうなると、捜査は、振り出しに戻ってしまい、その落胆は結構くるものがある。
もっとも、警察の仕事は、そういうことはえてしてあるもので、それをいちいち気にしていては、何もできないともいえる。
だが、それでも、せっかくの士気が落ちるということに間違いはなく、それを、桜井警部補は恐れたのだった。
もちろん、それを見越して河合刑事も口にしたことであったが、少なくとも、
「一筋縄ではいかない事件だ」
ということを、河合刑事も、桜井警部補も感じていると思うのだった。
それを感じたのは、鑑識から、
「睡眠薬を飲まされている」
ということを聴いたからだった。
確かに、
「どうして飲ませる必要があったのか?」
ということも問題であるが、そもそも、
「睡眠薬で眠らせる」
ということが、果たして必要だったのか?
ということからである。
というのは、
「犯人は、被害者が安心して密室にもなる個室に招き入れる相手」
ということで、安心しきっているといってもいい。
いくら
「念のため」
だったのか知れないが、
「なぜに、睡眠薬で眠らせる必要があったのか?」
ということである。
それを考えると、
「今回の事件は、二重三重に何かあるのではないか?」
と思わせたのだった。
「その睡眠薬というのは、即効性のあるものだったんですか?」
ということを聴くと、
「そこまではないかも知れないですね。不眠症の人が飲むほどきついものではなさそうな気がします」
「じゃあ、被害者が自分で飲んだという可能性は?」
それを聴いた河合刑事が、
「なんとも言えませんが、少なくとも、被害者の所持品の中には、睡眠薬がなかったのは分かっています」
ということであった。
「じゃあ、家族に聴いて、被害者が、睡眠薬を服用することがなかったのかということを訪ねてみてください」
というと、捜査員たちは、一様にそのことを手帳に書き込んでいた。
「第一回目の捜査会議としては、大体これくらいの情報で、あとの捜査の結果から、また捜査会議を開くことになるので、まずは、今後の捜査体制の方針について話をすることにする」
と桜井警部補が、門倉本部長を横目に見ながら言った。
門倉本部長にも異論はないようで、
「さすが、俺の右腕」
と任せている桜井警部補を頼もしく思っているようだった。
「まずは、被害者の人間関係ということで、家族やK大学の研究室内部を当たってください」
というのが一つ目であった。
「そして、次には、今回のことで分かったことで、気になったのが睡眠薬だと思うのだが、その入手経路、被害者が持っていたものなのか、そうでなければ犯人が持ってきたもの。そこから、犯人に繋がるものがあるかも知れないからな」
ということであった。
そして
作品名:悪魔と正義のジレンマ 作家名:森本晃次