自殺というパンデミック
そもそも、誰に対しての遺書なのかもわからないだけに、他の人であれば、
「何かおかしい」
と思うかも知れないが、
「この女性だったらありえる」
と思うのは、
「派手好きなくせに、整理ができていない」
ということから、遺書を書くということまでは考えても、その文章であったり、書き方ということにまで考えが及ばなかったということになるだろう。
そこで、清水刑事が考えたのが、
「衝動的な自殺ではないか?」
ということであった。
それであれば、遺書の文章が、
「まるで定型文」
といっても別に問題はないだろう。
動機が何であれ、死にたいと思ったということであれば、
「とにかく死にたい」
と思ったのであり、遺書であったり、そういう形式的なことは、どうでもいいと思ったのだろう。
ただ、彼女の部屋を見ていると、
「おや?」
と思えるところがあった。
というのは、
「彼女は、明らかに、自殺をするのだから、片付けなど、どうでもいいと思っているふしがある」
ということであるが、写真立てがあった方の机の引き出しを見ると、一番上だけが、まるで他と違って、きれいに整頓されていた。
これは、
「明らかに不自然だ」
といってもいい。
「ということは、一度自殺を思い切り、その時に机の一番上の引き出しを整理して、そこまで来て、急に自殺をする気になったということかな?」
と、他の刑事が言ったが、清水刑事とすれば、
「それも何かおかしい気がするんだよな。整理整頓ができない人というのは、最初に整理する気が起きれば、最後までできるんじゃないかって思うんだよ。だから、途中までしたのであれば、最後までしてから自殺を思いきるんじゃないかって気がするんだ」
というと、
「そうかも知れませんが、でも、思い切ったのであれば、自分の気が変わらないうちにと思うんじゃないですかね?」
という。
それもあり得ることだと清水は思ったが、
「でもなぁ」
と清水刑事は、何かに引っかかっている気がしたのだ。
清水刑事も、以前は、整理整頓が苦手で、整理ができない理由について、
「何から手を付けていいのか分からない」
ということからきていると思っていた。
だから、
「整理整頓をしようとした時、途中で諦めてしまうということを嫌うから、結局、掃除に踏み切ることができない」
というのを思い出すと、
「そっか、彼女は途中で辞めることができたんだろうか?」
と考えたのだ。
ここは、
「その人の性格による」
というもので、何も清水刑事は、
「自分がそうだから」
といって、
「彼女もそうではないか?」
というのは、考えすぎというよりも、自分を押し付けているようで、それこそ、
「見込み捜査というものだ」
と感じたのであった。
だが、それをもう一人の刑事に話すと、
「僕には、衝動的な自殺というのが、よく分からないんですよ」
というのだ。
「彼女の動機にもよるんでしょうが、衝動的に自殺をするというのであれば、リスカなどであれば分かるんですが、睡眠薬というのは、最初から自殺を覚悟していないとできない気がするんですよ。リスカだったら、自殺未遂の常習犯というのもいるわけなのではないかと思うんですよね」
というのであった。
彼女を鑑識が見た時、
「睡眠薬によるのが、死因ですね」
ということで、
「どこから見ても自殺」
ということであったが、結局彼女は、
「変死体」
ということで、司法解剖に回されたのだった。
不可思議な痣
その理由としては、彼女の胸に、何やら怪しげな痣があったからで、それを見た時、鑑識の一人が、
「この痣、とこかで見たことがあったな」
と言い出したからだ。
それを聴いた清水刑事は、
「どういうことですか?」
と興味を持った。
「いえね、清水刑事。ここ最近、自殺者が少し増えてるじゃないですか? 実際に、自殺の見分も、最近では、毎日のように回ってくるんですよ。もちろん、自殺ということに変わりはないので、司法解剖まではしませんけどね。でも、あれは4日前でしたか、自殺をした女性がいたんですが、その人の胸にも、似たような痕があったんですよ。その時は、初めて見た痣だったので、これは何だろう? とは思ったんですが、だからといって、怪しいところは何もない。だから、そのまま荼毘に付したということなんですよ」
という。
「じゃあ、これがその時の痣と同じだというんだね?」
「ええ、そうです。私には、同じものとしか思えませんが」
ということで、その時一緒に出動した鑑識官がいるというので、その人にも確認してもらったが、
「ええ、そうですね、あの時に見た自殺者の胸にあったものと同じです」
ということであった。
その時の自殺者の身元と、今回の自殺者の身元をその後捜査することになったが、
「結局、二人に接点はない」
ということであった。
その時は、その情報がなかったので、
「身内であれば、問題ないんだけどな」
と考えた。
「もしこれが、まったく関係のない二人」
ということであれば、
「こんな偶然あるわけはない」
ということで、そういえるのであろうか?
となると、まさかとは思うが、
「殺人」
ということも考えられるということになるだろう。
しかし、その疑念はすぐに消えた。
というのは、
「最初の自殺者が、リスカによる自殺だった」
ということで、
「薬を飲ませるということであれば、考えられなくもないが、リスカした人は、風呂場で自殺を図ったのだが、争った痕もなければ、眠らされていたということもない」
ということであった。
それだけでも、
「これは自殺だ」
ということで片付けられたというのも、無理もないことだろう。
それに遺書もしっかりとしたものが書かれていて、家族あてのものと、彼氏あてにあったという。
元々は、
「結婚の約束をしていた相手に裏切られての、世を儚んで自殺をする」
という、
「絵に描いたような自殺劇だった」
といってもいいだろう。
彼女の場合は、派手ではないが、預金通帳を見てみると、かなりの貯金があったという。もしこれが、リスカでなければ、
「彼女を殺害しようとした人がいる」
ということで、殺人事件ということになったかも知れない。
ただ、そのお金にはまったく手を付けられているわけではなく、
「ただの貯金」
ということで、そもそも、自殺として片付けられたことを、警察が、再度捜査するということはなかったのだ。
だが、今回の
「不可思議な痣」
ということが共通点といってもいいものを見つけたことで、
「あの時の自殺を再度調べなおす必要があるかも知れないな」
と、清水刑事は感じたのだ。
その痣というのは、乳房の少し下の方にあり、ハート形をしていた。数日前には、気づかなかったが、今回の自殺者の胸にある痣もよく似ていることから、余計にハート形であるということが露見したといってもいいだろう。
今回の自殺者であるが、名前を、
「中村つかさ」
という女性で、職業は、風俗嬢であった。
作品名:自殺というパンデミック 作家名:森本晃次