自殺というパンデミック
「自分のストレス解消以外の何物でもない」
ということになるのだ。
確かに今の時代は、どこでどのようなストレスを感じさせることが起こっているか分からない。
それだけ、
「他人がどう感じるか?」
ということを考えない人が多くなったということで、その傾向は、
「プライバシー保護」
という問題から巻き起こっているのかも知れない。
特に、パソコンやネットの普及などによって、
「個人情報の流出」
などという問題が起こってきた。
「銀行のパスワードを盗まれる」
あるいは、会社が保存している顧客データを、コンピュータウイルスなどによって盗まれるということが起こると、個人情報保護という問題が大きくクローズアップされてきた。
さらに、同じくらいの時期から起こってきた、
「ストーカー問題」
というものも深刻で、
「好きになった相手を、自分のものにしてしまいたい」
という発想や、
「すでに、自分のものなんだ」
という妄想がひどくなり、相手に嫌がらせを繰り返したりする輩が増えてきた。
そういう連中は、
「相手も自分のことが好きなんだ」
と思い込んでいたりするから厄介で、相手は、嫌がっていても、それを嫌がっているとは思わずに、
「ただ恥ずかしがっているだけだ」
と勝手に都合よく判断することで、あくまでも、自分を正当化させようと考えるのであった。
なぜ、急にそんな連中が増えてきたのか分からない。ストーカーと呼ばれる連中が、
「精神疾患を患っている」
と言い切れるかどうかも難しいところで、
「正常ではない」
といえるのだろうが、それを、
「病気だ」
ということで片付けられるのだろうか?
ストーカー行為をした」
というだけで、強制的に、神経内科に連れていって、検査をするなどということが簡単にできるわけもない。
非常に難しい解釈だと言ってもいいだろう。
実際に、
「他人は他人」
ということで、家族であっても、一度他人だと思えば、かかわりたくないと思うようになってもそれは不思議なことではなく、中には、
「育児を放棄する親」
というのもいたりするだろう。
そもそも、家族を
「ペットか何か」
と勘違いしている人もいるかも知れない。
だから、
「教育やしつけ」
と称して、自分のストレス解消の肴に使うという人が多いということだ。
さすがに、ペットのように、
「いらなくなったから捨てる」
というわけにもいかないと思っている人は多いだろうが、本当に捨てる人も若干名いるのだ。
「だったら、最初からいない方がいい」
というのも、当たり前に考えることで、社会や政府が、
「少子高齢化を防ぐため」
ということで、予算を組んで、
「子供が持てるような環境を」
と言っても、それは、
「時すでに遅し」
ということである。
これを、
「少子高齢化問題」
というものが言われ始めた平成初期の、
「保育園不足」
という問題の時であれば、まだまだ人と心もここまで腐っていなかっただろうから、保育園問題さえ何とかなれば、ここまでひどい状況にならなかったかも知れない。
今のように、
「草食系男子」
というものが増えてきた時代であれば、
「性犯罪も減ってくるのではないか?」
と思えるがどうであろうか?
実際には、
「減ってきている」
と言われているようだが、自裁にはどうだろうか?
特に、
「性犯罪などというのは、再犯率が高い」
ということも言われているので、一概には言えない。
しかも、ストーカー殺人などが減っているという様子もなく、毎日のように、新聞やニュースを騒がせているではないか。
目に見えて減っているわけではないので、数字だけで答えが出るわけではないと言ってもいいだろう。
ただ、中には、
「こんなことで?」
と思うようなことから自殺を試みるという人もいるようで、ただ昔と違って、
「精神疾患を患っている」
という人が、
「自傷行為」
というものを繰り返したり、
「自殺未遂の常習犯」
という人もいるだろう。
難しいところとして、
「精神疾患」
と呼ばれる人は、かなりの数の薬を毎日服用しなければいけないということで、その副作用も大きな問題となっているかも知れない。
それによって、
「自傷行為を繰り返す」
という人もいるだろう。
特に、精神疾患というのは、まだまだ解明されていないことも多いといえるだろうし、何といっても、時代の変化とともに、新しい精神疾患というのが生まれてこないとも限らない。
つまりは、
「病気も進化する」
と言ってもいいのかも知れない。
これはまるで。
「ウイルスが、変異して、強力になっていく」
というのと同じで、病気もウイルスのようなものだと考えれば、薬に負けないように進化しているともいえ、そうなると、それこそ、コンピュータウイルスで言われたように、
「駆除ソフトの間で、いたちごっこが繰り返される」
と言ってもいいだろう。
自殺する人も絶えないと言われるようだが、自分のまわりで、実際に自殺をしたというのは、そんなにいないような気がする。
そういえば、数年前に起こった、
「世界的なパンデミック」
というものがあったのを思い出される。
ここ2年くらいで、だいぶ収まってきたが、まったくなくなったわけではないので、油断は禁物であるが、すでに、ニュースでも話題にならないことから、
「完全に終わった」
という意識の人がほとんどであろう。
ただ、実際に、
「パンデミック」
と言われた時代は、ひどいもので、
「県内で、毎日のように数万人の感染者が報告される」
というような事態になっていたのだ。
もちろん、県内の人口を考えると、
「大体、五百万人」
と言われているようだ。
そのうちに、ピーク時には、
「毎日二万人くらいの新規感染者が発生している」
と言われていた。
そうなると、単純計算でいけば、
「250日で、全員が感染したことになる」
ということであった。
今では、
「一度罹った人でも、何度も罹る人はいる」
ということが言われているが、当時は、
「免疫ができることで、二度は罹らない」
と言われていた。
しかし、
「ウイルスというものは、変異して、まったく別のものに変わる」
ということであることから、
「別の型のウイルスに感染」
ということは十分にありえることで、しかも、
「変異を繰り返すたびに、その慣性力は強くなってくる」
ということになれば、
「パンデミックの間に、3回罹った」
という人も結構いたりするのであった。
とはいえ、毎日のように、二万人近くが感染していれば、
「県民のほとんどは、一度は感染していて不思議はない」
と言われた時期、
「自分のまわりには、感染者が一人もいない」
という人も結構いたもおのだった。
だから、
「これだけ流行っていると世間では言われているけど、本当にそうなんだろうか?」
という人もいる。
考えれば伝染病なのだから、
「患者が出たところでは、ほとんどの人が罹る」
と考えると、
作品名:自殺というパンデミック 作家名:森本晃次