自殺というパンデミック
ということであった。
実際に清水刑事は、今回の、
「河村いちかの自殺現場」
に訪れたわけでもなく、初動捜査にかかわったわけではないが、ふとしたウワサヲ聞いたことで、急遽名乗り出ることになったのだ。
というのは、
「今回も自殺ということでケリが漬けられるのかな?」
という言葉を聞いて、気になった清水刑事が、その捜査員に聴いたところ、その捜査員は、清水刑事が何を気にしているのかは分かっていたが、ただ、何も気になっていないような素振りで、
「今度の被害者の胸に、ハート形の痣があったんですよ」
と言ったからであった。
大団円
今回の、
「河村いちかの自殺」
というところから、社会問題にまで発展することになるまでに、そんなに時間が掛からなかった。
同じ署内で、起こった二件の自殺。これに、動機などの共通点があったわけではなく、遺体に残った不思議な紋章から、
「実際に、二人は顔見知りだった」
ということが分かった。
まるで、
「タマゴが先か、ニワトリが先か?」
というような事件ではないかと、清水刑事は心のどこかで思っていた。
これが殺人などであれば、もっと深く、交友関係を調べることで、
「二人が知り合いだった」
ということはすぐに判明したであろう。
しかし、自殺だったことで、そこまで交友関係を調べることはないので、本来であれば、
「二人が知り合いだった」
などということが判明するということはないだろう。
しかし、それをつなぐ糸が、身体にくっきりと残っている。それが、
「胸にハート形として、くっきりと浮かんだ痣」
というものが、いやがうえにも二人を結び付け、
「実際に知り合いだった」
ということを証明しているのであった。
しかし、警察がこれだけで動くということはないが、清水刑事はどうしても気になってしまい、自分でできるだけ調べてみることにした。
それは、自水刑事に一つヒントになるものがあったからだ。
それが、河村いちかの自殺を聞きに行った女の子の様子がおかしかったことで、少し聞いてみたのだが、彼女が、清水刑事が諭すような話し方に、折れたというか、感銘を受けたという感じで、次第に雪解けのように、話をしてくれたのだ。
「確かに、いちかさんと、そのあいりさんという人は、親密な関係でしたね」
という。
「親密というと?」
と聞くと、彼女は少し顔を赤らめるように、
「実は、同性愛者だったんです」
と答えた。
額に汗を浮かべているのを見て、
「ははん、彼女も同じ穴のムジナなのかも?」
と思ったが、そこに関しては詮索することはしなかった。
下手に詮索をして、せっかく話をしてくれようとしている気持ちを折るというのは、捜査上でもまずいし、自分に感銘を受けてくれたと思える彼女を裏切るような真似はしたくないと思ったからだった。
「あの二人は結構前から続いているようで、男役が、たぶん、つかささんだったと思うんですよね」
というところまで分析できているようだった。
そう思って見ていると、彼女は、次第に話をしながら、なよなよしてくるように見えたので、
「彼女は、いちかさんに対して女役。つまり、いちかさんは、相手のよって、両刀だったんだ?」
と勝手に感じていた。
しかし、だからこそ、
「複数相手に、レズ行為ができるなんて」
と思ったからだった。
あくまでも、自分の想像でしかないが、
「そう思えば思うほど、自分の中で辻褄が合ってくるし、納得もできてくる」
と、清水刑事は感じたのだった。
そんなことを考えていると、彼女は、
「いちかさんは、複数の相手を同性愛の相手として選んでいたんだけど、その時、必ず飲んでいる薬があったんですよ」
という。
「ん? それは、媚薬のようなものですか?」
と聞くと、
「ちょっと違うかも知れないんですが、それを飲んだからといって、性欲が旺盛になったり、トランス状態に陥るという、麻薬的な効果があるわけではないんですよ。どちらかというと、意識が朦朧としてきて、精神的に、世の中がどうでもいいと想えてくるようで、そこが麻薬に近いと言われれば、その通りなのかも知れないですが、やはり、一般的な麻薬とは違っているんですよね」
というのだ。
普通、そういう薬は、薬局で売っているわけもない。せめて、睡眠薬か、勢力増強剤くらいのものであろう。
刑事としてその話を聞いた時、最初に気になったのが、
「その入手経路」
であった。
麻薬であれば、その末端価格はそれこそ莫大な金額で、
「風俗でもしていないと稼げない」
というものである。
しかし、二人は、奇しくも風俗嬢、それだけなら辻褄が合うということになるのだろうが、お互いにレズの関係で、彼女の話を聞く限り、
「裏の組織に繋がっている」
というような話は聞かないということであった。
「ところで、二人が二重人格だということは知っていたかい?」
と聞かれて、
「あいりさんは知りませんが、いちかさんは、二重人格でした。それを気にすることもなく、平然としているところがいちかさんらしいと思っていたんですよ」
という。
「平然としていたわけですか?」
「ええ、平然としているというよりも、もう一人の自分は、あくまでも他人だというような言い方をしていたんです。まわりが聞けば、実に都合のいいという解釈になるんでしょうが、彼女は、本気でそう思っていたようなんです」
ということであった。
これは、つかさについて別人に聴いた時も、似たような話をしていたことから、
「二重人格の人って、そういう考え方をするんだ」
と、清水刑事は考えたのだ。
だが、そもそも清水刑事は、今までの刑事生活の中で、
「どれだけの移住人格者を見てきたか」
ということを考えていた。
「犯罪者というもの、大なり小なり、二重人格の気を持っているといっても過言ではないだろう」
と思っていた。
偏見かも知れないが、どうしても、そう思わせるところがあるということで、逆に、
「犯罪を犯さない人は、二重人格性があるのだろうか?」
と考えていたが、ここまで自殺者に二重人格性がひどい人が続けば、
「自殺者は、二重人格に違いない」
とまで言えるのではないかと思うほどであった。
そこまでくると、問題のその薬が気になってきた。
それが、ひょんなところから出てきたから問題になったのであって、どこから見つかったのかというと、
「もう一人のつかさが狂っていたホストの部屋から見つかった薬が、そのような効力のあるものだ」
ということで、問題となったのだ。
そして、その男の交友関係を調べていると、何と自殺したいちかが少しだが、関係していたということであった。
彼女が言っていた。
「ホストに嵌りかけた」
というその相手が、この殺されたホストだったのだ。
この男も、
「自殺を考えていた」
というではないか。
ここにきて、
「ホストの男と、つかさといちか」
この三人に付きまとう、怪しげな薬。さらに、自殺という共通点。
作品名:自殺というパンデミック 作家名:森本晃次